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大久野島 ④ ~地図から消された島~

休暇村で一泊した翌朝はなかなかいい天気に恵まれた。

桟橋まで行くバスを待つためロビーに残った家族と分かれ、一人桟橋に向かって歩いて行くことにした。

大久野島の海
途中の海。きらきら光ってまぶしいくらい。温泉でお尻もゆっくり温めたし、なかなかいい気分。みんなの宿代で懐は寒くなったけどね・・・

毒ガス資料館前の海にはウサギの耳の形をした集音器(?)が設置してあった。ウサギの聞いてる音を体験できるらしい。耳に当てるとかなりうるさかった・・・

うさぎの耳の形の集音器
うさぎの耳の形をした集音器 (?) 雑音がひどく聞こえる。うさぎはこんな音を聞いているのか?

ウサギの写真が撮りたくてみんなと別行動を取ったのだが、ちょこちょこと動き回るウサギを撮るのは結構難しい・・・

大久野島のうさぎspace.jpg大久野島のうさぎ
大久野島のうさぎ。気ままに動き回る。ピントが合わないじゃないか・・・・

そのうちバスが到着し、皆で船に乗って島を離れる。

毒ガス資料館はお正月休みだったし、天気が悪くて戦争遺跡も全部は見られなかったけど、次に来る時の楽しみにとっておくのもいいかな。

フェリーから見た大久野島
帰りのフェリーから見た大久野島 さようなら、大久野島。またすぐに来ると思うけどね・・・・


途中、家族が初詣に行きたいというので、御手洗の天満宮に行くことにした。少し遠いけど、御手洗はお気に入りの場所なのだ。

御手洗の案内板
御手洗の案内板。ここは結構お気に入りの場所。

天満宮 管公の井戸
天満宮 菅公の井戸 この水で書初めをするといいらしいんだけどね。

天満宮で初詣を済ませた後は、御手洗の町へ。

残念ながらお正月休みで若胡子屋跡、乙女座跡などは中を見ることはできなかったけど・・・

住吉神社
住吉神社にもお詣り。今年はいい年になるかな?

大好きな御手洗の町の説明をしようと家族に一生懸命話しかけたのだが、誰も聞いてくれなかった・・・・

若胡子屋跡
若胡子屋跡 みんなどんどん歩いていく。頼むからおじさんの話を聞いてください。

今年も寂しい年になりそうだ・・・・・

天気は良かったんだけどね・・・・・・・

であいの館前の海
蒲刈 であいの館前の海。なかなかいい天気。1月3日、4日で来るべきだった・・・



★★★★★Data★★★★★★★★★★

1.お出かけした日: 2015年1月2日(金)、3日(土)
2.しんどいわポイント(しんどさを表わします):★★☆☆☆
3.目的地までの所要時間:120分
4.走行距離:84Km +7819歩( 徒歩5.7Km)(1日目)、112Km +5651歩( 徒歩4.1Km)(2日目)
5.消費エネルギー:ガソリン4.2ℓ+201.1Kcal (1日目)、5.6ℓ+78.1Kcal(2日目)(ガソリンはリッター20Kmで計算)
6.地図はこちら




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大久野島 ③ ~地図から消された島~

大久野島に残る戦争の遺跡 ②

北部砲台跡から300~400mほど進んだ所に火薬庫跡があった。

この火薬庫は明治時代の芸予要塞時代に造られたものだ。

火薬庫跡space.jpg火薬庫跡説明
左/火薬庫跡   右/火薬庫跡説明板

壁はレンガで丈夫に造られているが、屋根は木造・瓦ぶきの簡素なものだったらしい。爆発事故が起きた際に、爆風を上部に逃がすための工夫だったようだ。

火薬庫入り口space.jpg火薬庫の屋根
左/火薬庫跡入り口 煉瓦でできていていかにも丈夫そうだ。屋根はトタンだったのだろう。瓦は上の屋根から落ちてきたのかな?  右/火薬庫の屋根  瓦の一部がまだ残っている。

この施設も、毒ガス工場時代には毒ガスの保管庫として使われていたそうだ。また、朝鮮戦争の際に米軍がここを弾薬庫として使ったらしく、壁には「MAG1」という表示が残っている。

火薬庫跡内部space.jpg火薬庫跡
左/火薬庫跡内部 雑草が生い茂り、瓦が散乱している。  右/火薬庫の壁 壁にはMAG1の文字。もともと床は高床式だったようだが、今は土で埋まっている。

内部は雑草が生い茂り、もともとアーチ形の高床式だった基礎の部分や、入り口の階段も土で埋まってしまっている。どうやら保存とか修復とかいうことはまったく考えていないようだ。

過去の戦争の遺産としても、明治時代の建物としても貴重な文化財なのではないかと思うのだが、このまま朽ち果ててしまうのかと思うと非常に残念だ・・・

自転車のところに戻ると、ウサギが立ってお出迎え。餌は持ってないんだけどね・・・

自転車の傍で待っているウサギ
人間が帰ってくることを予測しているのかな?なかなか賢い。

火薬庫跡から300mほど下っていくと海にたどり着いた。しかも、フェリーの着いた第二桟橋のすぐ近くだ・・・・
本当に狭い島らしい。

発電場前の海space.jpg旧桟橋
左/発電場前の海 なかなか綺麗だ。 右/旧桟橋 発電場前にある旧桟橋 芸予要塞時代の桟橋。毒ガス工場時代も物資の搬入等に使われたみたいだ。

海には、芸予要塞時代に造られた旧桟橋があったが、その前の山(人口の土塁らしい)にはトンネルがあり、そこから古い建物が見えた。

発電場前のトンネルspace.jpgトンネル
人口の土塁とトンネル トンネルにはMAG2の文字。ここも朝鮮戦争時代は米軍の弾薬庫として使われたそうだ。

この建物は、毒ガス工場に電気を供給するために造られた発電所跡で、この島で最大級の建物である。

発電場跡
発電場跡 中に入って見たかったが、立ち入り禁止のため入れず。ネット上には中の写真を撮っている人が沢山いるので見てみるといいかも。

ここには重油を使ったディーゼル発電機が8基置かれて、工場に電気を供給していたそうだ。
しかし、戦局が悪化すると重油の供給が困難になり、海底に電源ケーブルを敷いて操業を続けていたらしい。

また、1944年11月から1945年4月までの間、動員学徒の女学生による風船爆弾の製造もおこなわれていたという。

発電場跡space.jpg発電場跡
発電場跡 ドアは外れ、ガラスは割れて荒れ果てた状態。戦争遺跡として保存したほうがいいんじゃないかなぁ。

当時の情勢がどうだったのかは知らないが、今の常識から考えて沢山の従業員の健康を害して毒ガスを作り続けたことや、風船爆弾の製造を行ったことなど、正気の沙汰とも思えない。

美しい海やかわいらしいウサギを見ていると忘れそうになるが、島に残された朽ちかけた戦争の遺跡は戦争の狂気と悲惨さを現在に伝えてくれている。

大久野島の海
今の海はとてもきれい。しかし、終戦直後には大量の毒ガスが投棄され、この海も汚染された。

もっと島を探索したかったのだが、昼過ぎからは天候が悪化し、吹雪きはじめたので宿に帰ることにした。
寒いのはお尻にも悪いしね・・・・

雪の降る大久野島
雪の降る第一桟橋 瀬戸内でこんなに雪が降るのは珍しい。日頃の行いが悪いせいなのか?ともあれ、寒さは痔の天敵だ。

雪の中のうさぎspace.jpg雪の中のうさぎ
雪の中のうさぎ 雪が体についてとても寒そう・・・

結局、夜まで吹雪いたりやんだりで異常に寒く、外に出る事もできなかった。ウサギももうちょっといじりたかったけど仕方がないよね・・・

宿から見た夕日
宿から見た夕日 天候は吹雪いたりやんだり。夕陽がきれいに見えたのだけが救いだった。




大久野島 ② ~地図から消された島~

大久野島に残る戦争の遺跡 ①

休暇村で早めのお昼を済ませ、自転車を借りて姪っ子と一緒に島の探索へ。

きれいな海を眺めながら海岸線を走っていると、テニスコートのそばに毒ガス貯蔵庫が・・・
平和な日常風景の中に戦争の遺跡が出てくるのも少し不思議な気分・・・・

毒ガス貯蔵庫跡space.jpg貯蔵庫説明
左/テニスコート脇の毒ガス貯蔵庫 ここに80トンもの毒液が貯蔵されていたそうだ。柵があってこれ以上は近づけないので、中は見えない。  右/貯蔵庫の説明。

日本庭園跡
日本庭園跡 毒ガス貯蔵庫のすぐ隣に日本庭園跡があった。砲台が整備された頃のものなのか、それ以後のものなのかよく分からない・・・

テニスコート脇の毒ガス貯蔵庫は半分土砂で埋められていたが、そこから少し進んだところにある貯蔵庫は道路上からはっきりとその形を見ることができた。

長浦毒ガス貯蔵庫跡space.jpg長浦毒ガス貯蔵庫跡説明
左/長浦毒ガス貯蔵庫跡 黒く焦げた跡は、終戦後、毒ガスを火炎放射器で処理した時にできたものらしい。 右/説明板

説明文によると、大久野島で生産された毒ガスの総量は6616トン、生産された毒ガスは、イペリットガス、ルイサイトガス等で、年間生産量は多い年で1500トンにも及んだそうだ。毒ガス処理のために火炎放射器で焼かれた黒い焦げ跡が生々しい・・・

そこからさらに少し進むと道路から少し入ったところに北部砲台跡の案内版が立っていた。

北部砲台案内板
北部砲台案内板  砲台は日露戦争前に作られたもので、毒ガス工場が作られる少し前のものだ。

北部砲台は山の真ん中にトンネルを掘って通路とし、その両脇に2か所ずつ、計4か所の砲台が作られていたようだ。

砲台跡space.jpg北部砲台説明板
左/北部砲台跡 ここには24cm加農砲(カノン砲)が4門設置されていたそうだ。 右/説明板

砲台の下には砲側庫と兵舎が作られている。

北部砲台 砲側庫space.jpg北部砲台 兵舎
左/砲側庫 弾薬等を保管しているところ。半分、地下に隠して作ってある。 右/兵舎 丈夫そうだが、砲台の下で生活したくないなぁ・・・

砲台は日露戦争前くらいに作られたもので、第二次世界大戦前の毒ガス製造期には砲台としての役割は終えていたらしく、砲台前の広場に作られていた発電施設を撤去し、砲台にも台座を置いて毒ガスタンクを設置していたそうだ。

砲台跡に設置された毒ガスタンク用の台座
北部砲台 砲台跡に設置された毒ガスタンク用の台座 島の至るところに毒ガスタンクが置かれていたようだ。

24cm加農砲(カノン砲)の設置されていたメインの砲台から少し離れたところには12cm速射加農砲が設置されていたという砲台跡が残る。

北部砲台跡space.jpg北部砲台 説明板
左/12cm速射加農砲 砲台跡 右/砲台の説明板 頑丈に造られている。少々の砲撃なら耐えられそうだ。

北部砲台跡から山道を登り、中部砲台跡と展望台に上がってみようと思ったのだが、山道が結構きついうえに、天候が急速に悪化してきたため、中部砲台跡をちらっと見ただけで引き返すことにした。

展望台も見たかったのに、少し残念・・・・・・

中部砲台跡への山道space.jpg山道から見た海
左/中部砲台への山道 姪っ子が「しんどい、しんどい」と言うので引き返すことに。おじさんより体力がないのもどうかと思うのだが・・・  右/山道から見た海 朝は晴れていたのに、午後になって雲が広がってきた。しかも、雪がちらつき、とても寒い。

中部砲台跡
中部砲台跡 上からちらっと見ただけでよく見ることはできなかった。

山の上のウサギたちspace.jpg山の上にいたウサギ
山の上にいたウサギたち こんな山の上にもウサギがたくさんいることに驚かされる。

もう少し暖かくなったら、一人でゆっくり回ってみようかな。







大久野島 ① ~地図から消された島~

大久野島~うさぎの島~

年末年始に神奈川に行く予定だったのだが、持病の痔が悪化したため断念・・・

痔の療養も兼ね、両親と姪っ子を連れて温泉のある休暇村大久野島に行くことにした。

大久野島は竹原市忠海(ただのうみ)の沖合3kmに浮かぶ周囲4.3kmの島。

忠海港space.jpgフェリー
左/忠海港   右/フェリー 小さな連絡船も運航している。忠海港から約10分。島への車の乗り入れは基本的にできない。

大久野島には、日清・日露戦争の勃発という緊張した情勢の中、1902年に芸予要塞大久野島堡塁として22門の砲台が設置された。第一次大戦後は毒ガス製造工場が作られ、その存在を隠すために地図から消された島として知られている。

また、島内には700羽以上のウサギが生息しており、うさぎの楽園としても有名だ。

大久野島 第二桟橋
大久野島 第二桟橋 右側の小さな船が連絡船。

忠海港からフェリーに乗って大久野島に着いたのが午前10時30分。船の着く第二桟橋から無料の送迎バスに乗って、休暇村へ。

たくさんのウサギ
休暇村前の広場にいたウサギたち アニメたまゆらでも出てきたから知っている人もいるかな?

休暇村の前の広場には、たくさんのウサギが・・・

どうしてウサギが増えたかについては諸説あり、毒ガス工場で実験用や毒ガス検知用に飼われていたウサギが戦後放置されて増えたという説もあるが、1971年に地元の小学校で飼われていた8匹のウサギが放されて野生化し、増えたという説が有力なようだ。

餌をねだるウサギ
餌をねだるウサギたち 休暇村で餌を買おうと思ってきたのに、休暇村では餌の販売がない・・・船に乗る前にキャベツや白菜を買っておくのがお勧めだ。

人間が近づくとウサギたちはひょこひょこと近づいて来て餌をねだってくる。しかし、なにも持ってないのが分かるとしれーっと去っていく・・・

駆け寄ってくるウサギたちspace.jpg膝に乗ってくる奴まで・・・
左/私の姿を見て駆け寄ってくるウサギたち  右/膝に乗ってくる奴まで・・・ 「熱烈歓迎!」って感じ?

公園に近づいた時は一瞬、人気者になれたのに・・・

穴を掘るウサギspace.jpgねぐら(?)に戻ったウサギ
餌をやらないとみんな去っていく。穴を掘りはじめる者もいれば、ねぐら(?)に戻る者も・・・さっきまでの歓迎ぶりが嘘のよう・・・・

まぁ、世の中、そんなもんだよね・・・・・・・





竹原~憧憬の路~⑤

町並み保存地区 その3

竹原に着いたのは朝。憧憬の路のイベントは夕方。たっぷりと時間があるので、ひたすら街中を彷徨った。

大小路space.jpg阿波屋小路
左/春風館、復古館のある大小路  右/大瀬邸のある阿波屋小路

板屋小路space.jpg中ノ小路
左/製塩の盛んな時は盛り場の雰囲気の賑やかな町だったという板屋小路  右/光本邸のある中ノ小路

町並み保存地区にあるお店も町並みの雰囲気を壊さないように配慮して営業されているようだった。

町並みを守るというのもいろいろ大変だね・・・

いっぷくさんspace.jpg麻音さん
左/頼惟清邸前のいっぷくさん  右/春風館近くのカレーカフェ 麻音さん どちらも、ももねこ様が個性を主張・・・

イタリア料理の店 笛吹亭さんspace.jpg酒蔵交流館
左/イタリア料理の店 笛吹亭さん 右/藤井酒造 酒蔵交流館 中で蕎麦屋さんまでやっている。


憧憬の路

そうこうしているうちに、ようやく夕方5時。憧憬の路のイベントが始まる時間が来た。

しかし、空には分厚い雲がかかって時々雨が降る、かなり心配な天気・・・

竹原夕方の空  曇り・・・
普明閣から見た夕方の空 分厚い雲がかかり、時々雨が降る・・・

憧憬の路のイベントは竹原の町並みを竹筒に灯したろうそくで照らすお祭りで、2003年に始まったらしい。

憧憬の路 竹筒space.jpg憧憬の路
左/竹筒のろうそくに明かりが灯される。 右/各家の軒先には竹筒と家紋提灯が置かれて町並みを優しく照らす

憧憬の路space.jpg憧憬の路
水路もライトアップされている

クリスマスの華やかな電飾もいいけど、ろうそくや電球のほんのり光る灯りもいいな・・・

憧憬の広場space.jpg憧憬の路
憧憬の広場

写真を撮るのは難しいけどね・・・

憧憬の路space.jpg憧憬の路(頼惟清旧宅)
頼惟清(らい ただすが)旧宅

憧憬の路 照蓮寺space.jpg憧憬の路 照蓮寺space.jpg憧憬の路 照蓮寺
照蓮寺  今年の照蓮寺はマッサン推しか?階段のマッサンの文字はどうかな~

松坂邸space.jpg松坂邸
松坂邸

竹筒といってもきれいな彫刻がしてあったり、いろんな形に組み合わせてあったりでとても素人が作ったものとは思えないほどだ・・・

町並み保存センター前のオブジェspace.jpgスカイツリー
町並み保存センター

地蔵堂space.jpg酔景の小庭
左/地蔵堂   右/酔景の小庭

人は多いし、雨は降るしでとても疲れてしまったけど、優しい灯りでなにか癒された感のある一日だった。

でも、今度は人の少ない時にのんびりと散策したいなぁ。





★★★★★Data★★★★★★★★★★

1.お出かけした日: 2014年10月26日(日)
2.しんどいわポイント(しんどさを表わします):★★★☆☆(歩きすぎた・・・)
3.目的地までの所要時間:60分
4.走行距離:94Km +20858歩( 徒歩15.2Km)
5.消費エネルギー:ガソリン4.7ℓ+ 688.1Kcal (ガソリンはリッター20Kmで計算)
6.地図はこちら



プロフィール

しんどいわ太郎

Author:しんどいわ太郎
いつの間にか、1年遅れになっちゃった・・・
別のブログを立ち上げる予定ですが、ここには季節ネタをちょくちょくあげて残しておくつもりです。
新しいブログにデータを移すのはめんどくさいからね・・・

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