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沖縄③ ~めんそーれ~

⑧海洋博公園(国営沖縄記念公園)

実は今帰仁城に行くのを一番楽しみにしていたのだが、朝から雨が降っていたので予定を変更して海洋博公園に行くことにした。水族館なら雨が降っていても関係ないからね・・

海洋博公園は、昭和50年に開催された沖縄国際海洋博覧会を記念して、その翌年に博覧会跡地に作られた公園。

ここには、沖縄美ら海(ちゅらうみ)水族館の他、イルカショーの見られるオキちゃん劇場、熱帯ドリームセンター、おきなわ郷土村などがある。

いろんな施設があるが、初めはメイン(?)の美ら海(ちゅらうみ)水族館だ!

美ら海水族館space.jpg美ら海水族館(亀のオブジェ)
左/美ら海水族館入り口   右/美ら海水族館入り口の亀のオブジェ


水族館には様々な生き物たちがいるが、やはり一番人気は大水槽のジンベエザメだろう。

美ら海水族館(ジンベエザメ)space.jpg美ら海水族館(宝石サンゴ)space.jpg美ら海水族館(シオマネキ)
左/ジンベエザメ  中/宝石サンゴ  右/シオマネキ

巨大な水槽の中を、大きなジンベエザメやマンタが悠々と泳ぐ姿を見ていると本当に癒される。

美ら海水族館(ジンベエザメの水槽)space.jpg美ら海水族館(ジンベエザメ)
左/ジンベエザメのいる大水槽   右/ジンベエザメとマンタ

水族館を出るときれいな砂浜とマナティー館、ウミガメ館、しばらく歩くとイルカの見られるイルカラグーンとイルカショーの見られるオキちゃん劇場がある。

亀の浜space.jpgウミガメ
左/水族館前の砂浜   右/ウミガメ館のウミガメ

オキちゃんの水槽に近づくと、1頭のイルカ(これがオキちゃん?)が寄ってきてしばらくこっちを見ていたが、そのうちクークー鳴きながら立ち泳ぎをして芸(?)を見せてくれた。イルカは人懐っこくて可愛いねぇ。
実はイルカショーを見るのは初めてなので否が応でも期待が高まる。

こちらを見つめるイルカspace.jpg立ち泳ぎをするイルカ
左/こちらを見つめるイルカ   右/立ち泳ぎをするイルカ

イルカショーは、大小4頭のイルカが仰向けになったり、ボールを運んだり、豪快なジャンプを見せてくれたりと本当に見ごたえがあった。これを見るためだけにここに来てもきっと後悔しないと思う。

オキちゃん劇場(仰向けの芸)space.jpgボールを運ぶイルカ
左/仰向けになって手(?)をバタバタするイルカ  右/ボールを運ぶイルカ

イルカのジャンプspace.jpgイルカのジャンプ2space.jpg4頭揃ってのジャンプ
イルカショーの華、大ジャンプ。すごいジャンプ力!

イルカショーを見た後、おきなわ郷土村に寄ってみた。

おきなわ郷土村は、17世紀~19世紀の沖縄の村落を再現したもの。

家の間取りや、家の造りを見ていると今まで見てきた首里城や座喜味城のまわりにどんな町並みが広がっていたのか、人々がどんな生活をしていたのかを想像できて非常に興味深い。

王国時代の家space.jpg近年の家
左/王国時代の家 庶民の家は掘立て柱の茅葺き住宅だったようだ。
右/近年の家 手前の石垣はヒンブン石垣という目隠しの石垣。庶民に瓦葺きの家が許されたのは近年になってかららしい。



⑨今帰仁城跡

雨も上がったので、海洋博公園を出て今帰仁城に向かう。

今帰仁城は琉球に統一王国ができる前の三山時代(北山、中山、南山)に北山王の居城として築かれた城。
1416年に北山最後の王 攀安知(はんあんち)が尚巴志の率いる連合軍に敗れてからは首里王府から派遣された監守によって統治された。

入り口から入ると2m程度の背の低い石垣に囲まれた外郭がある。ここは家臣団が住んでいたらしい。

今帰仁城外郭space.jpg古宇利殿内
左/今帰仁城外郭  右/今帰仁城外郭にある古宇利殿内(フイどぅんち) 古宇利島の方を向いた火の神の祠

しばらく行くと高い城壁があり、平郎門(へいろうもん)という門から城内に入ることができる。

今帰仁城城壁space.jpg平郎門
左/今帰仁城城壁  右/平郎門

平郎門を入ると大隅(ウーシミ)という広場がある。ここは馬を養い、兵馬を訓練したところらしいのだが、大きな岩が沢山あって訓練される兵士は大変そうだ。私のようなやる気のない人間は訓練中に死んでしまったに違いない・・

大隅space.jpg大隅1
左/御内原から見た大隅  御内原の女官たちも兵士の訓練を眺めていたのだろうか?  右/大隅 岩が沢山あって、とても歩きにくい


平郎門の前には広い道が作られているが、城が機能していた頃に使われていたという旧道を歩いてみた。

平郎門内側space.jpg旧道1
左/平郎門内側 ここに門番が立って狭間から監視をしていたのだろう 右/旧道 敵に備えてわざと上りにくく作られている。住んでいた人は大変そうだ。 


旧道を登りきったあたりから下を見るとカーザフが見える。カーザフとは「水のある谷」を意味する自然の谷。ちなみにカーザフの反対側は志慶真川(しげまがわ)の断崖絶壁となっており、攻め落とすのは難しそうだ。

カーザフspace.jpg志慶真川
左/カーザフ カーは川や湧泉、ザフは谷間を意味するらしい 右/志慶真川  谷が深くて川は見えない

1416年、尚巴志の中山軍と攀安知(はんあんち)の北山軍は実際にここで戦っているが、城を攻めあぐねた中山軍は攀安知の部下の本部平原(もとぶていはら)を懐柔し、裏切らせて城を攻め落としたそうだ。

本部平原に騙された攀安知が城の外に討って出た際、本部平原が城を占拠。怒った攀安知は本部平原を宝刀「千代金丸」で討ち取り、城を守りきれなかった城の守護石であるカナヒヤブの霊石に切りつけ、自刃して果てたという。

そんな話を思い起こしながら旧道を登り、大庭(ウーミャー)という広場に到着。大庭は北殿と南殿という建物が建っていたといわれる場所でソイツギ(城内下之御嶽)という祭祀場がある。ここではいろいろな行事が行われていたようだ。

大庭space.jpg城之下御嶽
左/大庭   右/ソイツギ(城之下御嶽)

大庭からすこし登ったところが御内原(ウーチバル)。もともとは女官部屋があったところであり、この城で最も神聖な場所である。ここにはテンチジアマチジ(城内上の御嶽)という御嶽があるが、先ほどの攀安知が斬りつけたカナヒヤブの霊石とはここの霊石である。

志慶真川space.jpgテンチジアマチジ(城内上の御嶽)
左/御内原(ウーチバル)からの眺望。晴れている日は与論島まで見えるらしい・・ 右/テンチジアマチジ(城内上の御嶽)この城最大の聖地。

御内原(ウーチバル)を抜けると城主の住居のあった主郭とその下には側近の住んでいたといわれる志慶真門郭(しじまじょうかく)がある。

今帰仁城主郭space.jpg今帰仁城 志慶真門郭
左/今帰仁城主郭  右/志慶真門郭(しじまじょうかく)

一番楽しみにしていた今帰仁城だが、天気が悪くて眺めが悪く、しかも城に入ってすぐにデジカメのバッテリーがなくなって予備のコンパクトカメラで撮影せざるを得なくなってしまった。とても残念・・・

晴れているときにまた来たい。


⑩嵐山展望台

今帰仁城を出て、沖縄の瀬戸内海といわれる羽地内海へ。瀬戸内に住む者として、一度見てみたかったのだ。

本当は古宇利島にも行きたかったのだが、時間がないし天気も悪いのであきらめ、隠れた名所(?)嵐山展望台に行ってみた。

嵐山展望台space.jpg羽地内海
左/嵐山展望台  右/羽地内海

嵐山展望台は観光客がまったくおらず、さびれ具合がたまらない。周辺もパイナップル畑が広がり、収穫期なら南国気分が満喫できそうだ。

お目当ての羽地内海だが、波がほとんど見られず海の水もものすごくきれいなので瀬戸内海とくらべるのが気の毒なほどきれいだった。

ここも、天気のいいときにまた来たいものである。



★★★★★Data★★★★★★★★★★

1.お出かけした日: 2013年12月31日(火)
2.しんどいわポイント(しんどさを表わします):★★★☆☆
3.走行距離:126.3Km + 徒歩15444歩(11.2km)
(夕方からよるにかけて沖縄市まで移動) 
4.消費エネルギー:ガソリン 6.315ℓ + 391.8Kcal (ガソリンはリッター20Kmで計算)
5.地図はこちら
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沖縄② ~めんそーれ~

2日目からオリックスレンタカーで車を借り、旅を続けることになった。借りた車はフィットハイブリッドの最新型!
このまま乗って帰りたい・・・

というわけで、車を借りてまず向かった先は、前の日に立ち寄れなかった首里城。でも、首里城は最終日に再び訪れたので後でまとめて書くことにします。

首里城
首里城正殿と御庭(うなー)

④首里金城町石畳道(しゅりきんじょうちょういしだたみみち)

首里城を出ると、近くの金城町の石畳道へ向かう。

金城町の石畳道は琉球王朝時代に作られた「真珠道(まだまみち)」の一部で、琉球石灰岩の石畳とその両側の昔ながらの赤瓦の家屋と石垣とが独特の風情をかもし出しており、日本の道百選にも選ばれている。

ここも前日少し歩いたのだが前の日は薄暗かったので再びの訪問だ。

石畳道へは、首里城の側の興禅寺の方から降りられる。日本の道百選に選ばれたというプレートもここにある。

金城町の石畳道1space.jpg石畳道2
石畳道。歩きにくく、坂も急なので足がしんどい。赤瓦の屋根と石垣がいい感じだ。

しばらく行くと琉球家屋を再現した金城村屋があり、休憩することができる。
その側には金城大樋川(カナグシクウフフィージャー)という共同井戸がある。水が貴重だった沖縄の人にとっては生活の中心であり、坂道を上下する人馬もここで喉を潤して休憩したらしい。

金城村屋space.jpg金城大樋川1
左/金城村屋   右/金城大樋川の貯水池


金城大樋川2
金城大樋川全景

しかし、ここの坂道は本当に足が痛くなる。昔の人は暑い中、この何倍も歩いていたのだから本当に大変だっただろうと思う。

⑤内金城嶽の大アカギ

石畳道の途中から脇道に入ったところに内金城嶽(うちかなぐすくたき)があり、その境内には6本のアカギの大木が生えている。

アカギの木は神聖な木であり、その大木を囲うようにして御嶽(ウタキ)(拝所のこと)が作られているのだ。

御嶽1space.jpg大アカギの木space.jpg大アカギの洞
左/御嶽  中/大アカギ  右/大アカギの幹にできた洞

上の右側の写真の洞には「300年間のいつの頃からか根元に自然の祠ができ、この場所に旧暦6月15日に神が降りられ、願い事を聞き上げられていると、古老の言い伝えがあります。どうぞこれだけはという願い事、年一つだけ話されてみてください。」という地元の方が書いたと思われる説明文が置いてある。

大アカギの神聖な佇まいを見ていると本当じゃないかという気もしてくる。旧暦6月15日には早いが、とりあえず、願い事の予約をしておいた。駄目かな・・・

境内には霊石の置かれた穴もある。ここが、270年以前から続く旧暦12月8日の鬼餅行事(ムーチー)由来の場所らしい。

大アカギの境内space.jpgアカギの近所
左/鬼の穴?伝説の最後の方が下ネタ気味なのが少し気になるのだが・・・ 右/大アカギのご近所さん

大アカギの辺りはきれいに清掃されており、近所の人もきれいな花を植えるなど環境に気を配っているのがよく分かる。
我々観光客も静かに、お参りをするつもりでここに来なければいけないのだなと思った。


⑥座喜味城跡

昼から国道58号線を通って、座喜味城(ざきみぐすく)へ向かう。

座喜味城は15世紀初頭、読谷山の按司(豪族)護佐丸(ごさまる)によって築かれたといわれている。尚巴志の北山(今帰仁)攻略軍に参加して北山王国を滅ぼした後、北山監守として今帰仁城にいた時期に築いたらしい。

座喜味城2space.jpg座喜味城1
左/座喜味城南側の入り口付近  右/座喜味城二の郭の門

座喜味城は、一の郭と二の郭の二郭しかない。面積も広くはなく、中城(なかぐすく)等と比べるとずいぶんとこじんまりとした感じだ。

座喜味城(二の郭内側)space.jpg座喜味城(一の郭内側)
左/二の郭内側(そんなに広くない)   右/一の郭内側(建物跡がみえる)

城門のアーチ石のかみあう部分にはクサビ石が用いられているのだが、他のグスクには類例がないらしく、最も古い形態(アーチ門のはしり?)らしい。

座喜味城3space.jpg座喜味城4
左/二の郭の門のアップ(真ん中にクサビ型の石が見える)
右/一の郭への門


護佐丸(ごさまる)は、海に近いこの城で盛んに海外貿易を行っていたらしいが、ここにどんな建物が建ち、人々がどんな格好でどのような商品を取引していたのか、想像してみるととても面白い。

座喜味城城壁より海を臨む
一の郭の城壁から見える海。護佐丸もここで海を見たのだろうか?

⑦万座毛

座喜味城を出て、再び国道58号線にのり、宿をとった名護市に向かう。国道58号は街路樹にやしの木が植えられ、きれいな海も見えて南国ムードたっぷりだ。
これで晴れていたら最高だったのだが、あいにくの曇り空。とても残念・・・

名護市に行く途中で、有名な万座毛に寄ることにした。万座毛は「万人も座する草原」(毛とは草原のこと)という意味で、琉球王朝時代に尚敬王が「万人を座するに足る」と賞賛したことが名前の由来らしい。

草原の周りには柵で囲まれた遊歩道が作られ、観光客はその遊歩道を歩くようになっている。草原部分は思っていたほど広くない。芝生も寒さのためか茶色になっており、名前の割にはちょっと地味な感じで観光客は草原を見ずに海ばかり見ていた。


万座毛space.jpg万座毛(象の鼻のような岩)
左/万座毛  右/有名な象の鼻のような岩

万座毛からは万座ビーチが見える。晴れた日ならさぞかし海がきれいに見えたのだろうが、天気が悪くて薄暗かったのであまり海もきれいに見えなかった。晴れているときにまた来てみたい・・・

万座毛から万座ビーチ
万座毛より万座ビーチ



★★★★★Data★★★★★★★★★★

1.お出かけした日: 2013年12月30日(月)
2.しんどいわポイント(しんどさを表わします):★★★☆☆
3.走行距離:82.4Km + 徒歩12561歩(9.1km) 
4.消費エネルギー:ガソリン 4.2ℓ + 391.8Kcal (ガソリンはリッター20Kmで計算)
5.地図はこちら

沖縄① ~めんそーれ~

以前から沖縄のグスク(お城)に興味があったので、沖縄に行ってみることにした。

広島空港から2時間、13時50分ごろ沖縄に到着。広島は晴れていたのに沖縄はどんよりと曇っていてちょっとがっかり。

空港でソーキそばを食べ、タクシーでホテルへ。荷物を置いてすぐに出発した。

①波上宮(なみのうえぐう)

向かったのはホテルの近くにある波上宮。琉球八社のひとつで沖縄では有名な神社らしい。

熊野信仰の系列らしいが、「昔の人々が海神の国(ニライカナイ)の神々に日々の祈りをささげた聖地だった」とか、「光り、ものを言う霊石のご神託に従って神社を創建した」とか、沖縄固有の信仰と微妙に混ざり合っているのが興味深い。

波上宮1の鳥居
波上宮一の鳥居。内地の神社の鳥居と変わらない。

鳥居は内地のものと変わらなかったので油断をしていたが、拝殿について驚いた。何かが違う・・・

波上宮
波上宮拝殿 狛犬(?)がシーサー!

屋根や柱が真っ赤だし、屋根瓦も沖縄風。狛犬のかわりにシーサーがにらみを効かしている。生えている木も南国風だ。
なんだか異世界に迷い込んだ気分・・・
少し意表を突かれたが、気を取り直して旅の安全を祈願する。

②波の上ビーチ

波上宮を出た後、裏手の波の上ビーチを見に行くことにした。

途中真冬なのにハイビスカスが咲いていたり、公園の植生が内地と全然違うことに驚かされながらビーチに到着。

真冬のハイビスカスspace.jpg旭ヶ丘公園
左/真冬のハイビスカス       右/旭ヶ丘公園

波の上ビーチは那覇市唯一の海水浴場らしい。海はきれいだが、ビーチは思ったほど広くない。しかも、目の前を高架橋が通っているので景観もよろしくない。まぁ、家の近くにこんなきれいな海水浴場があり、1年の大半海水浴を楽しめるのだから、うらやましいといえばうらやましい。

波の上ビーチspace.jpg波の上ビーチ
左/波の上ビーチ砂浜。崖の上は波上宮 右/ビーチから海。高架橋が通っている。


③玉陵(たまうどぅん)

首里城に行くためにビーチから歩いてモノレールの県庁前駅に向かう。

途中感じたのだが、沖縄には「昭和」を感じさせる建物や、内地とは少し違った感じのコンクリートの建物が多い。乗り物に乗らずに街中を歩いて探索するのも楽しいかもしれない。

お店space.jpg路上のシーサー
左/「昭和」を感じさせるお店  右/路上に描かれたシーサー

県庁前駅から沖縄唯一の軌道路線「ゆいレール」に乗る。ずっと平地かと思っていたのだが、おもろ町をすぎたあたりからかなりな上り坂。首里城って高いところにあったのね・・・

ゆいレール
県庁前駅から首里駅までは8区間290円

首里駅から首里城公園を通って守礼門前まで出たが、すでに4時半を回っていたので、中に入るのをやめて玉陵(たまうどぅん)に向かう。

玉陵は1501年、第三代尚真王が父尚円王を改葬するために築かれたもので、琉球王国、第二尚氏王統の陵墓となったもの、つまりお墓である。

首里城公園space.jpg首里城公園2
首里城公園。城壁がずっと続く。しかもアップダウンが激しくかなりきつい。

守礼門前の前を過ぎ、首里高等学校の前に行くと玉陵(たまうどぅん)の入り口がある。首里城に比べて玉陵のあたりは観光客も少ない。世界遺産といっても地味なお墓にはみんな興味を持たないのかもしれない。

地味な感じの門をくぐり、入場料300円を払って、ガジュマルの並木道を抜けると内地では見かけないような石垣と赤い民家風の建物が現れた。

守礼門space.jpg玉陵1space.jpg玉陵2
左/守礼門 中に入りたかった・・ 中/玉陵入り口 右/玉陵の並木道

建物は東の御番所(あがりのうばんじゅ)といい、お墓を守る番人がいたところで、法事の際には国王の控え所として使われていたらしい。

玉陵space.jpg玉陵中庭
左/第一門と東の御番所   右/中庭と玉陵碑

中庭には玉陵碑があり、そこには9名の被葬資格のある者が刻まれ、この書付けに背くならば「天に仰ぎ、地に付して祟るべし」と書かれている。碑文には長男、次男の名が見えず、王室内に勢力の対立があったことを示すものらしい。王室も大変だね・・・

中庭から中門をくぐると墓室に到着する。

玉陵 墓室1space.jpg玉陵 墓室2
左から東室、中室、西室。右の写真は東室のアップ。

墓室は中室、東室、西室の3つ分かれており、中室は洗骨前の遺骸を安置する部屋、創建当初の東室には洗骨後の王と王妃、西室には墓前の庭にある玉陵碑に記されている限られた家族が葬られたらしい。

ちなみに洗骨とは、遺体が骨になるまで数年間放置し、その骨を海水や酒などで洗って葬る制度である。骨になるまで放って置かれて、骨になった後でいじくられるのは個人的には嫌なのだが、風習が違うと考え方や感じ方が変わってくるということなのだろう。

よく見ると墓室の庭には珊瑚が敷き詰められ、上にはユニークな顔をしたシーサーが見守っている。
亡くなった人を優しく見送ってあげたいという配慮なのかなと勝手に想像をしながら玉陵を後にした。

玉陵のシーサーspace.jpg玉陵の敷石
左/玉陵のシーサー   右/墓室前に敷かれた珊瑚

玉陵を出た後、金城町の石畳道を歩いたが、暗くなってきたのでホテルに帰ることにした。それにしても首里城の周りの道は傾斜がきつくてしんどい。この辺りに住んでいる人は大変だろうなぁ・・・

ライトアップされた守礼門
再び守礼門の前を通ったときはもう真っ暗。時間は18時30分頃。


★★★★★Data★★★★★★★★★★

1.お出かけした日: 2013年12月29日(日)
2.しんどいわポイント(しんどさを表わします):★★★★★
3.目的地までの所要時間:180分+たくさんの待ち時間
4.走行距離:48Km(空港までの自家用車) + 650マイル(1046Km)(飛行機) + タクシー 5Km(推定) + モノレール(県庁前~首里、首里~旭橋)16Km(推定)+ 徒歩17506歩(12.7km) 
5.消費エネルギー:ガソリン 2.4ℓ+タクシー代 1140円 + モノレール 290円×2 + 515.9Kcal (ガソリンはリッター20Kmで計算)
6.地図はこちら

プロフィール

しんどいわ太郎

Author:しんどいわ太郎
いつの間にか、1年遅れになっちゃった・・・
別のブログを立ち上げる予定ですが、ここには季節ネタをちょくちょくあげて残しておくつもりです。
新しいブログにデータを移すのはめんどくさいからね・・・

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