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音戸・蒲刈・大崎下島⑤

満舟寺(御手洗:大崎下島)

天満宮から若胡屋の前を通り、満舟寺へ行く。

満舟寺のおこりについては次のように書いてあった。

平清盛が上洛の途中、関前難で嵐に遭い、舟が転覆しそうになった。そこで、清盛は手を洗い、一心に観音様にお祈りをしたところ、たちまち風波が止んだ。

清盛公は、大師のご恩を感じ、浄地に草庵を建て、行基の真作十一面観世音を安置したという。

満舟寺
満舟寺 扁額は琉球使節に同行していた中山楽師 梁光地の手によるものだという

満舟寺には高い石垣が築かれているが、これは豊臣秀吉の四国征伐の際、加藤清正が築いたものだということだ。

満舟寺の石垣
「乱れ築き」という積み方という説明。「乱積み」のことか?

満舟寺石垣前の標識
石垣前の標識 足長小学生・・・アニメ「たまゆら」にも出てる。


七卿落遺跡(御手洗:大崎下島)

満舟寺から海の方に出て、七卿落遺跡を見に行く。

遺跡といっても、建物跡ではなく、建物はしっかりと残っている。

七卿落遺跡space.jpg七卿落遺跡
七卿落遺跡 アニメたまゆらでは麻音の実家の旅館「のどか亭」のモデルになっている。

七卿落遺跡は、豪商多田家(屋号:竹原屋)の屋敷跡。

七卿落ちとは、1863(文久3)年8月18日の政変で公武合体派により失脚させられた尊王攘夷派の公卿のうち、三条実美など七卿が長州に落ち延びた事件。

翌年、京都の状況が好転したために上京を図ったものの、途中で長州藩が蛤御門(はまぐりごもん)の変に敗れたことを聞いてやむを得ず長州にひきかえすことにし、途中で御手洗に寄ってここ多田家の屋敷に一泊したという。

七卿落遺跡(裏側)space.jpg七卿落遺跡(裏側)
七卿落遺跡(裏側)縁側に座ると海がきれいに見え、時間を忘れる。

御手洗には他にも長州藩と広島藩が倒幕の密約(御手洗条約)を交わしたという金子邸もある。
坂本龍馬らの攘夷志士も多く訪れ、密談を行っていたという。

金子邸
金子邸 慶応3年(1867年)11月26日、2隻の軍艦に分乗した長州軍と汽船震天丸に乗った芸州軍が合流し、広島藩諸兵総督・岸九兵衛と長州藩家老・毛利内匠が、討幕のための約定(御手洗条約)を交わしたという

今は鄙びたこの町も、かつては港として栄え、歴史の激動の渦の中に巻き込まれていたのだと思うとなにか感慨深いものがある。


岡村島(愛媛県 今治市)

御手洗の町を出て帰ろうかと思ったが、御手洗の町から見える岡村島、観音崎が気になったので行ってみることにした。

岡村島へは大崎下島から、平羅橋、中の瀬戸大橋、岡村大橋の3本の橋を渡っていかなければならない。(全部無料。安芸灘オレンジラインの愛称で呼ばれる)

岡村大橋space.jpgとまち瀬戸展望台
左/岡村大橋 とまち瀬戸にかかる。潮の流れは早く、渦を巻いていた  右/橋の側の展望台 展望台からは御手洗の町がよく見える。 

ちなみに、岡村島は愛媛県今治市。無料の橋をひとつ渡っただけで、四国に渡ったのだと思うと何か得した気分。

ドライブがてら有名な観音崎の方へ行ってみる。

観音崎に向かう途中から見た御手洗の町
観音崎に向かう途中から見た御手洗の町

観音崎沖合いは、風波の激しい航行困難の場所だったので、それを憐れんだ弘法大師が観音像を刻んで岩間に安置し、海上の守りとしたことから観音崎とよばれるようになったという。

本当は歩いて岬の方へ行ってみたかったのだが、ものすごく疲れていたのでやめて町の方へ向かう。

・・・と、途中に大きなな壁画を見つけた。

お汐と亀松の壁画space.jpgお汐と亀松の壁画説明文
お汐と亀松の壁画 説明文は読めるかな?google mapの航空写真にもこの壁画が写っている・・・

説明文によると、大体こんな感じかな?
仲のよかったお汐と亀松の兄弟が、亀松が母親に殺されそうになったことから二人で家を出て諸国巡礼の旅に出たが、お汐が病に倒れて亡くなってしまった。亀松はお汐の冥福を祈って出家し名を海漚(かいおう)と改めた。旅を続けた海漚(かいおう)は難船の続く観音崎の海上交通の安全を祈願するために山にお堂を作り、岩間に安置されていた救世観音像を安置し、自らが堂守りとなったという。

なかなかいい感じの壁画を感心しながら見ていると、ナガタニ展望台という案内が壁画の端っこにあることに気づいたので、登ってみることにした。

3mもないような細い急な坂道を登ること数分。展望台への道はますます険しくなり、エンジンが壊れそうな音がするので、車で上がるのをあきらめて途中から歩いて登る。

ナガタニ展望台への道
ナガタニ展望台への道

歩くこと数分、ようやく展望台に着いた。

ナガタニ展望台space.jpgナガタニ展望台
ナガタニ展望台 あまり人が来そうにはないが、きれいに整備されている

展望台からは観音崎、御手洗の町、遠くにはしまなみ海道の来島海峡大橋までよく見える。

展望台から見た観音崎space.jpg展望台から見た来島海峡大橋
左/展望台から見た観音崎  右/展望台から見た来島海峡大橋

展望台の下のほうの道路からも観音崎はきれいに見えた。

観音崎
観音崎 観音崎には、現世に絶望して海に身を投げた御手洗の遊女の遺体がしばしば流れ着いたので、彼女達の墓が沢山あるという。手を合わせずにはいられない。

展望台に登るために体力を使い切ったので、関前の町には寄らずに帰ることにした。

途中、上蒲刈島にある「であいの館」でお土産を買ったら帰りの安芸灘大橋の回数券がもらえた。
呉市の制度で、島で1000円以上の買い物をするともらえるらしい。

であいの館space.jpgであいの館からの景色
左/であいの館 道の駅みたいなところ。  右/であいの館からみた景色

たけのこや夏みかん、御手洗の町で売られていたレモンも安くてとてもおいしかったし、蒲刈も大崎下島もほんとにいいところだ。
家から近いし、また来ようかな・・・

でもその前に「ももへの手紙」を見なくちゃね。




★★★★★Data★★★★★★★★★★

1.お出かけした日: 2014年5月1日(木)
2.しんどいわポイント(しんどさを表わします):★★★★☆
3.走行距離:179Km +17350歩( 徒歩12..6Km)
4.消費エネルギー:ガソリン8.95ℓ + 458.6Kcal (ガソリンはリッター20Kmで計算)
5.地図はこちら
6.ももへの手紙、たまゆらは以下のサイトを見てください。
  ももへのてがみ
  たまゆら



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プロフィール

しんどいわ太郎

Author:しんどいわ太郎
いつの間にか、1年遅れになっちゃった・・・
別のブログを立ち上げる予定ですが、ここには季節ネタをちょくちょくあげて残しておくつもりです。
新しいブログにデータを移すのはめんどくさいからね・・・

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