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錦帯橋・岩国城②

吉香公園(きっこうこうえん)

錦帯橋を渡ると両脇に土産物屋の並ぶ広い通りに出る。

その脇には、岩国藩の家老であった吉川氏の屋敷跡や、同じく家老であった香川家の長屋門などがある。

香川家長屋門
香川家長屋門 一緒に写っているのは姪っ子の頭。前を横切らないでください。

広い通りといっても真ん中部分が公園になっているので、道路は狭いけど・・・

通りの真ん中にある公園space.jpg吉川広嘉の像
左/通りの真ん中にある公園 緑豊かで快適だ。 右/吉川広嘉の銅像。錦帯橋を創建した人

江戸時代の絵図をみるとこの辺は大きな屋敷が建ち並んでいたようだ。家老などの上級武士の屋敷だったのだろう。

少し歩くと吉香公園(きっこうこうえん)という広い公園に出る。ここが岩国藩主吉川氏の居館のあったところだそうだ。

吉香公園の噴水space.jpg吉香公園の噴水
吉香公園の噴水 なぜか2つもある・・・

園内にはバラ園もあり、緑も多く、なぜか噴水が2つもあって子供が喜んで水遊びをしていた。

私の姪っ子も水遊びにはまってしまったので、ここで足止めを食らってしまった・・・

旧目加田家住宅など、噴水以外のものも見たかったのになぁ・・・・


岩国城

気を取り直してロープウェイに乗り、岩国城へ向かう。

岩国城は、要衝の地横山に建てられた城で横山城と呼ばれていたようだ。

関が原の戦いの後、岩国に転封された吉川広家が1603年から5年の歳月を費やして建てた城で、平城が主流になっていたこの時期に建てられた城としては珍しく、防衛重視の山城である。

1615年、幕府の一国一城令により破却され、現在は復元された天守閣が建っている。

岩国城
岩国城 昭和36年から1年かけて復元されたもの。歴史的価値はあまりない・・・

ロープウェイ乗り場から山道を10分ほど歩くとようやく岩国城に到着。結構しんどい。

昔はロープウェイもなかったのだから、城に登るのは大変だったに違いない・・・

ロープウェイ乗り場からの眺望
ロープウェイ乗り場からの眺め。

岩国城への道space.jpg岩国城二の丸の石垣
左/岩国城に続く山道  右/山道を通っていると現れる二の丸の石垣

復元された天守閣には、刀剣類や錦帯橋の歴史、岩国城の説明などが展示されている。写真もOKだし、岩国の歴史に興味があるなら入って損はないかも。

眺めもいいしね・・・

展示された刀剣類space.jpg展示された錦帯橋の模型
左/天守閣に展示された日本刀 右/錦帯橋の模型と江戸時代の絵図

天守閣からの眺め
天守閣からの眺め。錦川にある車の群れは駐車場。なんと無料!

天守閣を出た後、城郭を少し歩いてみる。

現在の天守閣の200mくらい北側に天守台跡というのがあった。現在の天守閣は、錦帯橋からの眺望を考慮して町から見える位置に建てられたらしく、もともとの天守閣はここに建っていたそうだ。

岩国城天守台跡
岩国城天守台跡 この天守台も残っていたのは3分の1くらいで、残りは修復・復元されたものらしい

天守閣の北側には北の丸というのがあり、その間には空堀が掘ってある。

岩国城空堀り
岩国城空堀り 今は木が生い茂っているが、かつては木はすべて伐採され、登れないようにしてあったのだろう。

幅が約19.6m、深さ約10m、日本最大の箱堀構造で、明らかに鉄砲による戦いを意識して作られたものだという。

岩国城には他にもいくつもの堀が掘られており、いかに防衛を重視していたかが分かる。

関が原の戦いも終わり、天下泰平の時代に向かっていく中で、何を考えてこんな城をつくったのか、少し興味をそそられる。



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しんどいわ太郎

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いつの間にか、1年遅れになっちゃった・・・
別のブログを立ち上げる予定ですが、ここには季節ネタをちょくちょくあげて残しておくつもりです。
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