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備中松山城と高梁市⑥

石火矢町ふるさと村

頼久寺から北側に歩いて石火矢町ふるさと村の武家屋敷へ。

石火矢町ふるさと村の看板
石火矢町ふるさと村の看板 石火矢町と紺屋川美観地区(紺屋川沿いの町並み)が石火矢町ふるさと村として指定されている。
岡山県は、ここを含めて七つの地域を「ふるさと村」として指定している。


石火矢町は御根小屋跡(現在は県立高梁高等学校)の南側にあり、かつては中級武士の屋敷が建ち並んでいたという町だ。

今でも通りの両脇に格式ある門構えの武家屋敷が250mほど続き、江戸時代からの景観をよく残していることから、昭和49年12月に石火矢町ふるさと村として町並み保存地区に指定された(岡山県は独自の事業として「ふるさと村」という町並み保存地区を指定している)。

石火矢町の町並み
石火矢町の町並み 白い土塀と立派な門構えの屋敷が建ち並ぶ。

現在石火矢町には、旧埴原家と旧折井家という2軒の武家屋敷が公開されている。


旧折井家

石火矢町の北側、御根小屋に近い方にあるのが旧折井家。
折井家は禄高200石前後で軍役を掌る物頭格だった家で、この建物は、今から180年前の天保年間に建てられたものだそうだ。

旧折井家space.jpg旧折井家 式台と玄関
左/旧折井家 門  右/旧折井家式台と玄関

式台から玄関を入り、右に進むとすぐに土間と台所に出る。

旧折井家 式台と玄関space.jpg旧折井家 玄関
左/旧折井家 式台 右/玄関 玄関では挨拶をする下男がお出迎え。武家らしく、槍が備えてある。

台所には女部屋があった。女中さんの部屋なのだろうが、狭くて日当たりが悪い部屋は彼女たちの当時の地位を示すものといえそうだ。

旧折井家 台所space.jpg旧折井家 女人部屋
左/台所 かまどもある。  右/女部屋 女中さんが住む部屋だったんだろう。かなり日当たりが悪い・・・

台所から入っていくと玄関の裏に出る。ここが居間で、次の間が奥座敷になっている。建坪は37坪ほどということで決して広くはない。

旧折井家 玄関から奥が居間 左手が次の間space.jpg旧折井家 奥座敷
左/旧折井家 玄関から見た居間  右/旧折井家 奥座敷

奥座敷からは庭が見える。庭には野菜が植えられ、池には鯉が飼われて非常時に備えていたそうだ。

次の間から見た奥座敷space.jpg奥座敷から見た庭
左/玄関横の次の間から見た奥座敷  左/庭  池には非常食として鯉が飼われていたそうだ。

庭には資料館があり、鎧などが展示されていた。

旧折井家 庭space.jpg旧折井家 資料館
左/旧折井家 庭  右/旧折井家 資料館 庭に資料館が設けられている


旧埴原(はいばら)家

旧折井家から少し南側(頼久寺側)にあるのが旧埴原(はいばら)家。

埴原(はいばら)家は、江戸時代中期から後期にかけて120石から150石で近習役や番頭役などを勤めた家らしい。

旧埴原(はいばら)家 門space.jpg旧埴原(はいばら)家 案内板
左/旧埴原(はいばら)家 門 入場料は旧折井家と共通で400円。  右/旧埴原(はいばら)家 案内板

身分や禄高は折井家と変わらないのだが、備中松山藩主 板倉勝政公(備中松山藩第4代藩主)の母親の実家であったために寺院建築や数寄屋(茶室)風の要素を取り入れた豪華な造りになっており、高梁市の重要文化財に指定されている。

旧埴原(はいばら)家 式台と玄関
旧埴原(はいばら)家住宅 式台と玄関 旧折井家に比べると式台も広く、凝った造りになっている。

旧埴原(はいばら)家 式台の水引虹梁space.jpg旧埴原(はいばら)家 式台の蟇股
旧埴原(はいばら)家 式台には寺院風の装飾がされている。(左/若葉の装飾のされた水引虹梁 右/梅鉢の家紋のついた蟇股)

玄関内と玄関奥の次の間は、数寄屋風に壁は朱色、玄関には棚が設けられており、簡素な旧折井家との違いがはっきりと分かる。

旧埴原(はいばら)家 玄関space.jpg旧埴原(はいばら)家 玄関
旧埴原(はいばら)家玄関 天井には槍や弓が備えられている。壁が朱色の数寄屋風。棚には山田方谷4歳の時の書「風月」が飾られている。

旧埴原(はいばら)家 次の間space.jpg旧埴原家 次の間の書の解説
ここも壁が朱色。床の間は床柱を省略して、数寄屋風になっている。床の間に飾ってあるのは藩主 板倉勝職(かつつね)の書

玄関から右側(南側)にあるのが座敷と奥座敷。座敷は10畳、奥座敷は4畳半でそれほど広くはないが、床の間の違い棚や天袋、欄間の意匠など、ここでも折井家との違いがよく分かる。

旧埴原家 座敷space.jpg旧埴原家 奥座敷
左/旧埴原家 座敷   右/旧埴原家 奥座敷 床の間には山田方谷の「神農」の書が飾られている。

奥座敷から玄関の奥の次の間からは居間と台所に行けるようになっている。

旧埴原家 居間space.jpg旧埴原家 台所
左/居間 仏壇が置いてあるらしい。広さは6畳 右/台所と土間 床は板敷で簡素なつくり。

庭はそれほど広くはないが、土蔵が設けられていた。

旧埴原家 庭
庭にある土蔵。武具などをしまっていたのだろうか?

有名な武将の屋敷というわけではないし、何か特別なものが展示されているわけでもないのだが、一般の中級武士の暮らしぶりが偲ばれる建物は想像力をかきたててくれる。歴史好きの人にはおすすめだ。





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しんどいわ太郎

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いつの間にか、1年遅れになっちゃった・・・
別のブログを立ち上げる予定ですが、ここには季節ネタをちょくちょくあげて残しておくつもりです。
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