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三次の桜とカタクリの花 ⑥

向原のカタクリ自生地


向原(むかいはら)といっても、広島県外の人にはピンとこないかもしれないが、三次から南南西へ約30キロ、車で約40分のところにある山間の静かな町である。

ここには、県内有数のカタクリの自生地があることで知られており、毎年春になると、県内外から多くの人が訪れる。
向原のカタクリ自生地
向原のカタクリ自生地
カタクリの自生地はメイン道路である県道37号線から200mほど入ったところにある。広めの駐車スペースも用意されているので、足の悪い人でも気軽に来られるだろう。

自生地に入って、まず目につくのが、「田屋城跡」という案内板だ。

多くの人は、気にも留めずに通り過ぎていくのだが、案内板によると、この辺り一帯を治めていた内藤氏の居城がここにあり、多くの伝説が残っているそうだ。

田屋城址の案内板
田屋城址の案内板
田屋城は、この一帯を治めていた内藤氏の居城。
向原は、吉田郡山城と同じ安芸高田市に属し、距離的にも近い(10kmほど)。
今は人気のない山だけど、吉田郡山城の戦いの時は最前線の城になったから大変な騒ぎだったんだろうなぁ。

吉田郡山城みたいに有名な城ではないが、この城址には石垣や竪堀、井戸跡など、沢山の遺構が残っているそうだし、どんな伝説が残っているのかも非常に気になるお城ではある。

一度登ってみなくちゃね。


カタクリの花~スプリング・エフェメラル~


「春の儚いもの」などと訳されるスプリング・エフェメラル。

春先に花をつけ、夏には枯れてしまう植物のことだが、今年はセツブンソウユキワリイチゲイズモコバイモといろいろ見に行った。

そして、トリを飾るのがこのカタクリである。

カタクリの花
カタクリの花
カタクリはユリ科カタクリ属に属する多年草。
薄紫色の花弁(花被片)は日が当たると反りかえるらしい。
花弁の内側には、暗紫色のハート形のような模様があり、葉には暗緑色のシミのような模様がある。
カタクリもイズモコバイモなどと同じく、アリが種を運んで生息域を拡大していくらしい。
普段家の中に入ってきたり、体についたりすると本当に鬱陶しいんだけど、アリも自然界の中では大切な生き物なんだなぁ。

カタクリはユリ科の多年草で、草丈は15~25cmくらい、花弁も6~7cmはあるだろうか。

イズモコバイモなどと比べるとかなり大きく、葉っぱの色は少し不気味だが(失礼!)、薄紫の花びらがくりんと反り返っているのがとても可愛らしい。

自生地のカタクリ
自生地のカタクリ
花は可愛らしいのだが、葉っぱに毒々しいシミのような模様があり、しかも結構大きなのがにょきにょきと生えているので、最初見たときは少しぎょっとした。
でも、よく見ると花びらがくりんと反り返って、なんか可愛い。

カタクリは、昔は日本に広く分布し、「堅香子(かたかご)」として万葉集にも出てくるようだ。

しかし、最近は数が減り、希少な植物になりつつあるらしい。

発芽して花を咲かせるまで7~8年かかるそうだし、ほっとくとどんどん減っていくのかな・・・

この自生地でも、鹿の食害にあって、かなり数を減らしたそうだけど、なんとか守ってあげて欲しいな。

カタクリの花
カタクリの花
昔は、この花の球根から片栗粉をとっていたらしい。
昔は人間も食用にしていたみたいだから、鹿にとってもおいしいのかも。でも、貴重な植物だから、食べちゃダメ!

今年の春もいろいろな花を見に行ったけど、寒い冬を乗り越えて花が沢山咲く季節になると、なんだかほっとするなぁ。

カタクリの花space.jpgショウジョウバカマ
左/カタクリの花   右/自生地に咲いていたショウジョウバカマ
やっと寒い冬が終わって、花の咲く季節になったと思うと、なんだか嬉しい。花もちっちゃくて可愛いしね。
写真が撮りにくいのが難点なんだけどね・・・

これから季節もよくなってくるし、元気に歩けるうちにあちこち行ってみなくちゃね。

お金も時間もないから、あんまり遠くには行けないけどね・・・・



★★★★★Data★★★★★★★★★★

1.お出かけした日: 2016年4月5日(火)
2.しんどいわポイント(しんどさを表わします):★★☆☆☆
3.目的地までの所要時間:80分(69km)(尾関山公園まで)
4.走行距離:159Km(自家用車) +11,292歩( 徒歩8.2Km)
5.消費エネルギー:ガソリン7.95ℓ(ガソリンはリッター20Kmで計算)+326.8Kcal(脂肪燃焼量46.6g)
6.地図はこちら



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三次の桜とカタクリの花 ⑤

三次のワニバーガー


尾関山公園の桜を見ているうちに、お昼近くになってしまったので、以前から一度食べてみたかった三次名物のワニ料理を食べに行くことにした。

目的地は国道375号線の近くにあるフジタフーズさんだ。

フジタフーズ
わにバーガーで有名になったフジタフーズさん。
ワニとは、爬虫類のワニではなく、サメのことである。因幡の白兎の神話でも、サメが「和爾(わに)」として登場するように、この地方では昔からサメのことをワニと呼んでいたようだ。
三次では、サメの肉を刺身として食べることが多いのだが、ここフジタフーズさんでは、ワニをハンバーガーにしたわにバーガーや、中華まんにしたわにまんなどの変わり種を販売し、テレビなどで取り上げられることが多い。

ワニ料理の「ワニ」というのは、爬虫類のワニではなくサメのことで、県北部では昔からサメの肉を刺身等にして食べていたそうだ。

海から遠いこの地域では、冷蔵技術が発達するまで、普通の魚は干物などで食べるしかなかったのだが、サメの肉は腐りにくいため、生食できる貴重な魚として好んで食べられたのである。

今回お邪魔したフジタフーズさんは、定番のワニのお刺身だけでなく、ワニをハンバーガーに使ったわにバーガーや中華まんにしたわにまん等、変わり種のメニューが話題になり、テレビなどでよく取り上げられるお店である。

フジタフーズさん店内
フジタフーズさん店内
有名なわにバーガー、わにまんの他、わにドッグ(サメ肉を使ったホットドッグ)や、わに焼きそば、わにユッケ丼などもあるようだ。
最初は持ち帰りにしようかと思ったのだが、店主さんがお店で食べて行った方が温かいのが食べられておいしいと言われたので、店内で食べることにした。

わにバーガーとわにまんを注文して食べてみたのだが、異常に柔らかい不思議な食感。肉というより、豆腐ハンバーグのような感じかな?

興味のある人は、一度食べてみてください。

わにバーガーspace.jpgわにまん
左/わにバーガー   右/わにまん
サメの肉がこんなに柔らかいとは思わなかった。まずくはないのだが・・・・ホームページでわにまんやわにプリンの通信販売もされているようなので、話のネタに食べてみるのもいいかも。
食べているときに奥さんがサービスで出してくれたワニの皮で造った酢の物はなかなかおいしかった。普通に刺身や酢の物で食べる方がおいしいのかもしれない。


次に来る機会があったら、お刺身を食べてみようかな。

美波羅川の千本桜


わにバーガーを食べた後、早速メインの目的地である向原のカタクリ自生地へと出発する。

お昼を食べるために国道375号線の方に入っていたので、普段はあまり通らない国道375号線を通って向原へと向かう。

・・・と、途中の三和(みわ)の辺りで、桜並木が延々と続いているのに気が付いた。

美波羅川の千本桜
美波羅川の千本桜
美波羅川の川沿い9kmに渡って桜並木が続いており、美波羅川の千本桜と呼ばれているそうだ。
この桜は、25年ほど前に地元の人が植えたものらしく、桜の季節にはいろいろなイベントも行われるらしい。普段あまり通らないので、全く知らなかったよ。
たまにはいつもと違う道を走るのもいいね。

これはすごいなと思いながら走っていたら、「美波羅川の千本桜」という案内板が見えた。

運転中だったので、解説までは読めなかったのだが、後で調べてみたら25年ほど前に地元の人が美波羅川沿いに植えたものらしい。

9kmにも及ぶという桜並木は圧巻で、車で走っても走っても、桜並木の終わりが見えないほど・・・

途中で車を停めて眺めようかとも思ったのだが、なんとなく車を走らせながら見ていたくて、ずっと走り続けてしまった。

ちょっと惜しいことをしたかな?


美波羅川の千本桜
この映像に出ているので桜並木の半分くらいかな。ドライブレコーダーの映像で、あまりきれいではないのですが、どんなものか大体わかってもらえるかな?
風邪をひいていたので、鼻をすする音が沢山入っています。再生するときは、音声を切ってくださいね。


見たところ、道路沿いには車を停めるスペースもたくさんあるみたいだし、来年は車を木陰に停めて桜の木の下で昼寝でもしてみようかな。

桜を眺めながらうとうと眠るのが昔から夢だったんだよね。






三次の桜とカタクリの花 ④

鳳源寺と手植えの桜


尾関山公園の北側に、浅野家の菩提寺である鳳源寺というお寺がある。

初代三次藩主 浅野長治公が、1633年(寛永10年)に建立したお寺だ。

鳳源寺
鳳源寺
臨済宗妙心寺派のお寺で、慈眼常光禅師が開山したらしい。


鳳源寺には、大石内蔵助良雄が手植えしたという枝垂れ桜があるということなので、見に行くことにした。

枝垂れ桜は、尾関山公園に近い方の出入口からすぐの所に生えていた。

大石内蔵助手植えの桜
大石内蔵助手植えの桜
大石内蔵助手植えの桜
1676年(延宝4年)、阿久利姫が輿入れのために三次を出立する際、迎えにやってきた大石良雄が手植えしたと伝えられる枝垂れ桜。
この時、大石良雄は17歳で、家老職には就いていない。桜を手植えしたとかいうから、もうちょっと年を取っていたのかと思ったよ。

近づいて見てみると、花の色は普通の桜よりも白くて小さく、清楚な感じを受ける花だった。

幹は苔むしており、植えられてからの長い年月を感じさせる。

植えた人も、その主君も早くに亡くなってしまったが、植えられた桜が、300年以上もここで花を咲かせ続けてきたのかと思うと、感慨深いものがある。

大石良雄手植えの桜space.jpg大石良雄手植えの桜
大石内蔵助良雄手植えの桜
300年以上も生きているという桜の花を見るにつけ、人の一生の儚さを思わずにはいられない。

この寺を菩提寺として建てた三次浅野藩だが、代々継嗣に恵まれず、1720年に5代88年で途絶え、廃藩となっている。

桜の木の傍には、中村憲吉の「古り(ふり)のこる枝垂桜や血筋はやく絶えし国主(こくしゅ)の菩提寺の庭」という歌碑が建てられていた。

憲吉は早くに途絶えた三次浅野藩に世の無常を感じたのだろうか。

中村憲吉の歌碑
中村憲吉の歌碑
昭和6年に鳳源寺を訪れた際に詠んだ歌らしい。「古り(ふり)のこる枝垂桜や血筋はやく絶えし国主(こくしゅ)の菩提寺の庭」と書いてある。
浅野藩の菩提寺に残る桜の古木を見て、5代88年で断絶した三次浅野藩のことを思って歌った歌なんだろう。
継嗣に恵まれなかった三次浅野藩は、2代目長照、3代目長澄と広島本藩から養子を迎えたが、長澄の嫡子であった4代目長経は10歳で夭逝、その弟の5代目長寔は7歳で亡くなり、血筋が途絶えた。

そんなことを思いながら境内の桜を見ていると、華やかな桜が少し物悲しく見えるのである。

なんて、柄じゃないけどね・・・・


鳳源寺山門の桜space.jpg鳳源寺境内の桜
鳳源寺境内の桜と山門の枝垂れ桜
写真では見えにくいと思うけど、さかんに花が散っていた。華やかな桜だけど、散るときはなんともいえず、寂しい気分になるね。


義士堂と遺髪塔


浅野家の菩提寺ということで、お寺には、初代藩主 浅野長治公が造ったという神道碑や歴代藩主の菩提塔などが残されている。

浅野長治公 石像space.jpg浅野長治公の建てた神道碑
左/浅野長治公石像  右/浅野長治の建てた神道碑
石像は、1999年に建立されたもの。神道碑は、庶子であった浅野長治に三次藩を立藩させた父親 浅野長晟の義恩と遺徳を偲んで、寛永15年(1638年)の長晟の7回忌に建てられたものだそうだ。


浅野長照、長経、長寔の合塔space.jpg浅野長澄 菩提塔
左/浅野長照、長経、長寔の合塔  右/浅野長澄 菩提塔
左が2代藩主長照と、10歳足らずで亡くなった4代、5代藩主の長経、長寔の合塔。右が少し離れた山の中にある3代藩主長澄の菩提塔。
2代藩主長照には男子がなかったので、甥っ子である長澄(3代藩主)を養子に迎えている。長経、長寔は長澄の子で、長照とは直接の血縁関係にはない。
何故、親子でもない長照と、長経、長寔を一緒に弔い、父親の長澄を別の離れた場所に弔っているのかはよく分からない。


また、初代藩主浅野長治公の娘 阿久利姫が赤穂藩主 浅野内匠頭長矩公の正室ということで、境内の一角には義士堂や、阿久利姫の石像など、赤穂義士に所縁のものも建てられている。

阿久利姫 遺髪塔space.jpg阿久利姫石像
左/瑤泉院(阿久利姫)の遺髪塔  右/瑤泉院(阿久利姫)石像
阿久利姫は、夫の死後、落飾して瑤泉院(ようぜんいん)と称した。右の写真の石像は1999年に建てられたものらしい。


義士堂space.jpg義士の木像
左/義士堂  右/義士堂に納められた義士の木像
義士堂には、初代藩主浅野長治、阿久利姫、浅野内匠頭長矩、他、赤穂の義士47人の木像が納められている。木造は、三次市に住む藤原藤太郎氏が昭和4年に完成させ、お寺に奉納された物らしい。

12月には、ここ鳳源寺を中心として、赤穂義士や瑤泉院に扮した人たちの行列が行われるらしい。阿久利姫をモチーフにした「あぐりん」というマスコットキャラクターも出るらしいから12月になったら来てみようかな。

あぐりん、可愛いからね。





三次の桜とカタクリの花 ③

三江線と尾関山公園駅


江の川の堤防の上を歩いていると、三次の市街地から尾関山公園に向かって線路が伸びているのが目に入った。

こんな所に電車なんか走っていたかなと思いつつ近づいてみたところ、小さな駅舎を見つけた。

尾関山駅space.jpg尾関山駅 駅名標
尾関山駅
三江線の尾関山駅。こんな所にあったのね・・・
前回電車に乗った時は、ここら辺を通過したのが早朝と夜で、真っ暗だったので、辺りの景色は全く見えなかったんだよね。

駅の名前は「尾関山駅」。この間乗ったばかりの三江線の駅だ。

三江線は尾関山公園の山の中(のトンネル)を走っているらしい。

この間、電車に乗ってこの辺を通過した時は、外が暗くて周りの景色も見えなかったから、こんな所を走っているとは思わなかった・・・

尾関山公園のトンネルから出てきた三江線の電車
尾関山公園のトンネルから出てきた三江線の電車
奥に見えるのが尾関山公園の桜で、桜の咲いたあたりにはトンネルがある。三江線は尾関山の中を走っているのだ。
三江線の沿線にはお花見スポットが沢山あるから、電車で桜を見て回るのも楽しそうだ。
来年の春にも廃線にするとか言ってたけど、まだ廃線にしないで下さい。お願いします。


尾関山公園もだけど、三江線沿線には桜の名所がたくさんあるようだ。

三江線に乗って、お花見のはしごをするのも楽しそうだね。


カブト岩とキリシタン灯篭


尾関山公園内にあるというキリシタン灯篭を見るため、江の川の傍にある遊歩道へと向かう。

・・・と、そこにカブト岩の案内板があった。

戦国時代に、戦いに敗れた尼子の武将がカブトを脱いだという言い伝えがある岩らしい。

カブト岩案内板space.jpgカブト岩?
カブト岩案内板とカブト岩
案内板の位置からして、右の写真がカブト岩なんだろう。雑草が生い茂ってあんまり岩っぽくないけど・・・

カブト岩(?)
カブト岩(?)
岩盤の端っこの方をみると、岩だというのが分かる。
この辺りの国人領主であった三吉氏は、はじめ尼子方について、吉田郡山城の戦いにも参加しているが、後に大内氏に従属し、月山富田城の戦いにも参加、その後の尼子の侵攻を食い止めている(布野崩れ)。
布野(三次の北側5kmくらい)からだと逆方向になるので、敗れた尼子の武将が休憩をとったとすると、吉田郡山城の戦いの時なのかな?
しかし、なんでこんな所で兜を脱いだんだろうか?江の川を無事に渡って安心したのかな?
そもそも、兜を脱いだだけでなぜ伝説になるのかも謎なんだけどね・・・

遊歩道を歩いていると、祠がいくつかあった。誰が造ったのだろう?

永平寺space.jpg藤井寺
江の川沿いの遊歩道にある祠(左が永平寺(仮)、右が藤井寺)
左の写真の祠は、福井県にある永平寺の、土産物の暖簾をつけただけのもののようだ。右は藤井寺と書いてあるのだが、本尊と思われる不動明王像が何故か祠の上の方に安置してある(屋根の上の方にあるのが分かるかな?)。30万円も寄付した方がいるようだし、何らかの信仰対象にはなっているようなのだが、詳細は不明。

謎の多い遊歩道をしばらく歩いていくと、噂に聞くキリシタン灯篭があった。

キリシタン灯篭(織部灯篭)space.jpgキリシタン灯篭(案内板)
キリシタン灯篭(織部灯篭)と案内板
案内板によると、17世紀初めごろに造られたもので、隠れキリシタン達の信仰対象になったものだそうだ


このキリシタン灯篭は、比熊山にある西江寺にあったのが、キリスト教の弾圧が激しくなったために江の川に投げ込まれ、後に拾い上げられてこの場所に安置されたものと伝えられているそうだ。

キリシタン灯篭に近づいて、表面をよく見てみたのだが、確かに灯篭の下側に彫られた人物と思われるものは、日本人離れした7頭身で、その上には謎の文字が刻まれている。

キリシタン灯篭のアップ
キリシタン灯篭(織部灯篭)のアップ
下の人物像は、キリスト教の聖人を表現したものと言われているようだ。上の方にも何かよく分からない文字が刻まれている。
古田織部が好んだことから、織部灯篭とも呼ばれるこの灯篭は、隠れキリシタンの信仰物といわれていて、全国に同様のものが沢山あるらしい。
ただ、古田織部自身、キリシタンではないこと、キリスト教と関係していると裏付けるものがなにもないことから、キリスト教との関係を否定する説が有力になっているようだ。
どちらにしても、17世紀初めごろの貴重な歴史遺産であることに変わりはない。


ただ、キリシタン灯篭と伝えられるものは、本当に隠れキリシタンの信仰の対象だったのか疑問視する説が有力で、ここにあるものも、言い伝えのとおりキリシタンのものかどうかは謎である。

三次市民の憩いの場、尾関山公園は意外と謎の多い場所なんだね・・・





三次の桜とカタクリの花 ②

尾関山公園展望台 ②


尾関山公園展望台は3階建てで、意外と大きい。
尾関山公園展望台
尾関山公園展望台
木に隠れて見えにくいけど、結構大きな展望台。
ここに、発蒙閣という天文台が造られたらしいけど、何を観測していたのかな?

最上階の3階に登ってみると、大きな桜の木に咲いた花をすぐ目の前で鑑賞することができる。

展望台から見える三次の町並みもいいんだけど、誰もいない展望台の真ん中で、周囲に咲いた桜の花を見渡すのは最高の気分だ。

尾関山公園展望台と桜
尾関山公園展望台と桜
10mほどあろうかという桜の木。下から見ると小さくしか見えなかった桜の花が、手の届く所にある。
階段を登るのに邪魔なほどに・・・
でも、桜の大木に咲いた花を間近に眺められるなんてちょっと新鮮な感覚。

展望台のおかげで、桜の木を下から見上げる「いつもの花見」とは、少し違うお花見を楽しむことができた。

尾関山公園展望台と桜space.jpg尾関山公園展望台と桜の木
尾関山公園展望台と桜
景色もいいけど、間近に見られる桜の大木がいいね。

展望台から見た桜の木space.jpg展望台から見た桜の木
尾関山公園展望台と桜
桜の古木にはウメノキゴケがびっしりと着いている。これだけの古木を眼下に見下ろせるっていうのはここならではだね。

階段の街灯に取り付けられているプレートをよく見てみると、初代三次藩主 浅野長治公の墓所の案内板だった。

江の川の治水や城下町の整備、産業の育成に力を入れ、名君とうたわれた浅野長治公のお墓を一目見たくて、望遠レンズで山の中を見渡したのだが、それらしいものは見えなかった。
浅野長治公 墓所の案内板
浅野長治公の墓所を示した案内板
初代三次藩主 浅野長治公の墓は、尾関山の北側にある比熊山(ひぐまやま)の中腹にある。
浅野長治は、参勤交代の際に江戸で亡くなったそうだが、遺言により、三次の町を見渡せる比熊山(ひぐまやま)中腹に葬られたという。
比熊山は写真に写っている山の名前。尾関山公園の北側にある。

やっぱり、山の中を歩いて行かないと見られないのかな?

しんどいなぁ・・・・


江の川と桜の木


展望台からは、三次の町を見渡すこともできる。

特に、尾関山公園の側を流れている江の川の流れが桜の花に映えて、とても美しい。

三次の町と桜の木space.jpg尾関山公園展望台と桜
尾関山公園展望台から見える三次の町と江の川(可愛川(えのかわ))
歴代の藩主もこの桜を眺めてたのかな?
美しい眺めなんだけど江の川はたびたび氾濫して、治水のためにお城の石垣を崩して堤防を作ったらしいから、お殿様も複雑な気持ちだったろうなぁ。


江の川と桜の木space.jpg祝橋と桜の木
江の川と桜の木 右に見える橋は「祝橋」
肉眼ではよく分からないけど、望遠レンズで見ると、江の川の流れを背景にした桜の木がきれいに見える。こういうところが、望遠レンズの魅力なんだよね。

展望台から見えた江の川の堤防の桜並木を間近に見たくなったので、川の方へと降りることにした。

途中、因幡台とか、望巴台といわれる郭の跡があったのだが、こういうところを見ると、ここが昔はお城だったのだと実感させられる。

因幡台と桜の木space.jpg因幡台から見た江の川と桜の木
因幡台と因幡台のすぐ下から見た江の川の桜並木
因幡台は二の丸があったところのようだ。
尾関山城は、規模の小さなお城だったので、川にもすぐに降りられる。


堤防の桜の並木道は、ゆっくりと歩きながら眺めるのにちょうどいい感じだ。

堤防の桜並木
堤防の桜並木
正面に見える丘が尾関山公園。展望台が見えるのが分かるかな?
道の真ん中に立っている白い枠は、展望台の前にあったのと同じく、写真を撮るためのガイドらしい。

朝の散歩を楽しみながら歩いていると、途中に例の木の枠が置いてあった。ここでも写真を撮れということなのか・・・?

桜並木の桜
桜並木の桜
桜の古木の幹がなかなかいい感じ。朝日を浴びた桜の花が背後の江の川の流れや空の青に映えてとても美しい。
写真だとなかなか伝えられないのが残念。

やっぱり撮ってみたんだけど、どうかな?





プロフィール

しんどいわ太郎

Author:しんどいわ太郎
いつの間にか、1年遅れになっちゃった・・・
別のブログを立ち上げる予定ですが、ここには季節ネタをちょくちょくあげて残しておくつもりです。
新しいブログにデータを移すのはめんどくさいからね・・・

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