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奥出雲おろちループと月山富田城・出雲大社 ⑤

月山富田城 ④(奥書院平)


太鼓壇(たいこのだん)から、土塁(?)の周囲を周るように道が続いているのだが、そこを60mほど歩くと奥書院平(おくしょいんなり)と呼ばれる広い郭に出る。
奥書院平へと続く道
奥書院平へと続く道
太鼓壇から奥書院平へと続く道。
土塁(?)の周りを周るように道が続く。
上から攻撃するためのものなのかな?

今は戦没者慰霊碑が立っているが、かつてはここに奥書院があったらしい。

奥書院平
奥書院平
戦没者慰霊碑が建つ。
奥書院というからには、書院造の建物が建っていたんだろうけど、ここにどんな建物が建っていて、どんな用途に使われていたのか、解説板もないし、よく分からない。

奥書院がどんな建物で、どういう用途に使われたのかはよく分からないのだが、「山中鹿之介」(星亮一著)という小説には、奥書院で軍議をする尼子義久が登場する。

御子守口方面を守るための防衛拠点だったのかもしれない。

奥書院平からの景色
奥書院平からの景色
ここから、下の方へ下っていくと、御子守口からお城に続く道に出られる。城へと向かう敵兵を奇襲するのにはいい場所だ。


月山富田城 ⑤(花の壇)


奥書院からさらに山の方へと登っていくと、ひときわ大きな土塁があり、その周りに細い道が造られている。

花の壇へ続く道
花の壇へと続く道
奥書院から花の壇へと続く道。もはや城なのか山なのかよく分からない。ただ、こんな細い道を一列になって歩いているときに上から攻撃されると、ひとたまりもないだろう。見た目は普通の山だが、防衛能力はかなり高いものと思われる


その細い道を200mほど登っていったところにつくられた曲輪が、花の壇平(はなのだんなり)だ。ここには、花が沢山植えられていたことからこの名前が付けられたらしい。

花の壇space.jpg花の壇解説板
左/花の壇    右/花の壇解説板
奥に見える山が、本丸のある山。このすぐそばに、城主が暮らしていたという山中御殿がある。花の壇なんて可愛らしい名前で呼ばれているが、城を守る最終防衛ラインだったのだろう。

解説板によると、花の壇の南側(お城に近い方)には、建物跡が見つかったらしく、指導力のある武将が暮らしていたと考えられているらしい。

建物跡の見つかった場所には、建物が復元され、休憩所として利用されている。

花の壇 復元建物
花の壇の復元建物
土壁の質素な建物だが、戦国時代の城らしいといえるのかな。

ちなみに、建物の中はこんな感じ。

花の壇 建物の中space.jpg花の壇 建物の中
花の壇 北側の建物の中
記念写真用のパネルが置いてあった。ついつい、顔を突っ込みたくなるよね。
奥の方にはステンレスのシンクもある。戦国時代の武将も意外と近代的な生活をしていたようだ(・・・んなわけないか。)

花の壇 建物の中space.jpg花の壇 建物の中
花の壇 南側の建物の中
こちらは、囲炉裏とかまど。こっちもガスコンロくらい置けばよかったのに・・・
どうでもいいけど、家族で暮らすには狭すぎる。戦の時の詰め所みたいなものだったのかな?


花の壇からは、堀切を隔てて山中御殿、その奥の山には七曲りと呼ばれる、お城に続く軍用道と三の丸の石垣が見える。

本丸は、もうすぐそこだ。

花の壇から見た山中御殿と三の丸
花の壇からみた山中御殿と三の丸
本丸方向へ行くには、花の壇平をいったん降りて、細い道をさらに登って行かなければならない。お城だからしょうがないけどね・・・





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奥出雲おろちループと月山富田城・出雲大社 ④

月山富田城 ②(御子守口、千畳平)


駐車場から一番近い御子守口からお城に入って行くと、千畳平(せんじょうひら)への入り口があった。

千畳平は、富田城の一番外側に突き出した部分で、広大な曲輪になっており、戦の時には兵士が勢ぞろいをする場所だったそうだ。

千畳平入り口の階段
御子守口から千畳平へと登る階段 
地図で見ると、一番簡単にお城に入れる道は御子守口に見えたのだが、実際は道幅4mくらいの細くて急な坂道で、非常に歩きにくい。
しかも、入り口近くに千畳平、その反対側には戦になると兵士の待機場になったであろう神社やお寺もあるので、大軍で攻め込むのは難しそうだ。
第一次月山富田城の戦いでは、菅谷口がメインの戦場になったようだが、御子守口から侵入しようとしなかったのはなんとなく分かる気がする。

入り口から千畳平へは100mほどだが、雨に濡れた石畳はつるつる滑って非常に歩きにくい。
雨降りに来た人は要注意だ。

千畳平へと続く道
千畳平へと続く道
石畳は綺麗なんだけど、ものすごく滑る。
人には見せられないようなへっぴり腰でよたよたと歩く羽目に・・・
晴れた日を選んで来た方がよさそうだ。

兵士が勢ぞろいしたという千畳平はさすがに広い。案内板によると、縁の方には櫓が建てられていたそうだ。

千畳平
千畳平
かなり広い。ただ、1万5千人もいた尼子の兵が全員入ったかというと、少し厳しい気もする。主だった武将が入ったのかな?

千畳平の石垣space.jpg千畳平 案内板
左/千畳平の石垣  右/千畳平案内板
案内板によると、石垣の突き出した部分、数か所に櫓が築かれていたそうだ。ただの広場ではなく、お城の重要な防衛ラインだったようだ。

千畳平の縁に立ってみたが、植生が強くて町の方を見ることができなかった。しかし、櫓があったということは、昔は木も伐採されて、谷に近づく敵兵をここから狙い撃ちにしていたのだろう。

今のお城の姿からは想像もできないけどね・・・

月山富田城 ③(太鼓壇)


千畳平を奥まで進み、尼子神社の前を通って一段高い所に上がったところが、太鼓壇(たいこのだん)だ。

ここには、太鼓のつり下げられた建物が建てられており、士気を鼓舞したり、時刻を知らせたりするのに使われていたそうだ。

尼子神社
尼子神社
尼子三代城主と尼子十勇士の霊を祀っている。明治時代に建立されたものらしい。

太鼓壇には、山中鹿介(幸盛)の銅像が立っていた。ここで、戦国武将の中でも人気のある武将、山中鹿介について、簡単にまとめてみます。

山中鹿介(やまなかしかのすけ)は、通説によると1545年(天文14年)に生まれた。山中家は、出雲尼子の二代目清定の弟 幸久の末裔で、尼子の一門であったが、2歳のときに父親 満幸をなくし、かなり貧しい暮らしをしていたようだ。

武芸をよくし、第二次月山富田城の戦いでは品川大膳(だいぜん)を一騎打ちで破るなど活躍した。しかし、この戦いは、先に書いた通り、兵糧攻めに転じた毛利氏が勝利し、尼子氏は滅亡している(永禄9年(1566年)11月21日)。

山中鹿介の銅像space.jpg山中鹿介銅像 解説板
山中鹿介銅像
三笠山に懸かる三日月を拝して、「我に七難八苦を与え給え」と祈念したという逸話に基づき、昭和53年に建立された像。この像は、三笠山(富田城の川向かいにある山)の方に向かって建てられている。

尼子氏の滅亡により牢人となった山中鹿介は、新宮党事件の際に殺された尼子誠久の息子 尼子勝久を担ぎ出して、尼子家再興の戦いを始めた。新宮党事件の際に赤ん坊だった尼子勝久は、危うい所を助け出され、京都の東福寺で僧侶になっていたのだ。

毛利の九州攻めに乗じて勢力を伸ばした尼子再興軍だが、月山富田城を攻め落とせないでいるうちに、北九州から主力を引き戻してきた毛利軍と、富田城の南方10Kmほどの所にある布部山(ふべやま)で激突(元亀年元年(1570年)2月14日)。

数に勝る毛利軍が勝利し、その後尼子の勢力は次第に衰えて、1571年には尼子再興軍は出雲から一掃されている。

尼子十勇士スタンプラリーチラシ
尼子十勇士スタンプラリーチラシ
山中鹿介の銅像の傍には、尼子十勇士スタンプラリーのスタンプが置いてあった。
山中鹿介は、若武者達のリーダー的存在であり、部下に変な名前をつけていたらしい。それが尼子十勇士のもとになったようだ。
寺本生死介(てらもとせいしのすけ)とか、尤道理介(もっともどうりのすけ)とか、変な名前の者が多いため、実在性を疑問視されていたようだが、中には実在したことが確認されている者もいるそうだ。

その後も尼子再興のために戦った山中鹿介だが、最後は織田信長を頼り、羽柴(豊臣)秀吉のもとで信長の中国攻めに参加。

播磨上月城を奪取するも、毛利の大軍に囲まれて降伏。尼子勝久は切腹させられ、山中鹿介は捕えられて移送中、備中松山城の近くの阿井の渡しで殺されている。

主家最高のために生涯をささげ、不屈の精神で毛利に挑み続けた山中鹿介は、日本人の精神性にあっているのか、高く評価され、各地に供養塔や記念碑が建てられている。
また、ニッカウヰスキーの紋章のデザインにも、鹿介の兜が使われているそうだ。

自分も、彼の不屈の精神を少しは見習わないとね・・・




プロフィール

しんどいわ太郎

Author:しんどいわ太郎
いつの間にか、1年遅れになっちゃった・・・
別のブログを立ち上げる予定ですが、ここには季節ネタをちょくちょくあげて残しておくつもりです。
新しいブログにデータを移すのはめんどくさいからね・・・

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