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三次の彼岸花と安芸郡山城 ⑤

本丸への道


元就公の墓所から本丸跡へは800m。案内板に、登城口ではなく、登山口と書いてあるあたり、とても嫌な予感がする。

元就公の墓所の裏にある嘯岳禅師の墓までは石畳だったのに、その先は山道っぽくなっていく。

嘯岳禅師の墓space.jpg嘯岳禅師の墓 案内板
左/嘯岳禅師の墓   右/嘯岳禅師の墓 案内板
元就公が度々吉田に招いたという嘯岳禅師は、元就公の葬儀の導師を務め、菩提寺である洞春寺を開山した。


嘯岳禅師の墓に至る道space.jpg次第に山道へ
左/嘯岳禅師の墓までの道   右/嘯岳禅師の墓を過ぎたあたり
嘯岳禅師の墓くらいまではとてもきれいに整備されている。が、そこを過ぎると、次第に山道っぽくなっていく・・・

普段、歩くことすらほとんどない私にはとても辛い。山登りは趣味じゃないんだけど・・・・

本丸への道space.jpg本丸への道
本丸への道
整備されており、道に迷うことはないが、もはや完全に山道。
800mなんて大したことないと思う人もいるかもしれないが、平地を歩くのと違って山道の800mはかなりきつい。

歩き始めて10分。開けたところが見えたので、もう着いたのかと思いきや、まだ半分も登っていなかった・・・

郡山城登山道space.jpg郡山城 登山道
本丸への道
登る前から曇っていた空は鉛色となり、今にも雨が降り出しそうになっている。天気が良かったら、吉田の町がきれいに見えるんだろうけど・・・

登り始めて20分。ようやく本丸近くにある御蔵屋敷跡に到着。ここで一息入れたかったのだが、最悪なタイミングで雨が降り始めた。

早く降りなくちゃ。

本丸付近の道space.jpg御蔵屋敷跡案内板
左/本丸付近の山道  右/御蔵屋敷跡
御蔵屋敷前の道。とても本丸付近の道とは思えない、普通の山道。昔はきれいに整備されていたのだろうか?

御蔵屋敷跡


御蔵屋敷跡は、二の丸の西側に位置する郭で、もともとは兵糧蔵があったと伝えられている。

たくさん転がっている石は、もともと石垣だったもの。一国一城令もあるのだが、島原の乱の後、一揆軍に利用されるのを恐れて完全に破却されたそうだ。

御蔵屋敷跡
御蔵屋敷跡
兵糧蔵跡と伝えられる。面積は600㎡。写真右側が、御蔵屋敷東側で、たくさんの石が落ちている。島原の乱で、廃城になっていた原城を一揆軍が利用したことから、ここも一揆軍に利用されないように完全に壊してしまったらしい。

三の丸跡


御蔵屋敷跡から、本丸を目指し、とりあえず三の丸方面へと向かってみる。

三の丸は、城内最大の郭で、ここに残る石垣は、比較的昔の面影をとどめているらしい。

素人目にはとてもじゃないが、石垣跡には見えないんだけど・・・・

三の丸石垣space.jpg土塁跡
左/三の丸石垣   右/三の丸 土塁跡
昔の面影を残す石垣跡。・・・らしいんだけど、素人目には石垣跡にはとても見えない。広大な三の丸は、いくつかの土塁と石塁、石垣などで区分けされていたようだ。

二の丸跡


三の丸から一段上がったところが二の丸だ。

案内板によると、東西36m、南北20mの広さがあったそうだ。

三の丸から二の丸への通路space.jpg二の丸案内板
左/三の丸から二の丸への通路  右/二の丸 案内板
三の丸から二の丸への通路?通路って感じじゃないんだけど・・・本当に門があったのだろうか???

二の丸跡
二の丸跡
周囲を高さ50cm、幅1mの石垣や石塁で、27mと15mの方形に区画されていたらしい。

本丸跡


二の丸から、石列で画された通路を通って上に上がったところが本丸跡。城主の館があり、元就公やその孫の輝元らが住んでいたらしい。

二の丸から本丸への石列space.jpg本丸案内板
左/二の丸から本丸への通路 石列が残っている   右/本丸跡案内板
本丸は一辺が約35mの郭で、山頂部に位置する。標高は389.7mで、比高は約200m。城主の館があったとされ、江戸時代に書かれた絵図には、三層の天守閣が描かれている。元就や輝元が居住していたらしい。

本丸跡
本丸跡
本丸跡。天守閣があったかどうかはわからないが、城主の館はあったらしい。元就は75歳まで生きたようだけど、こんな山の上に住むのは結構大変だったんじゃないかな?

本丸跡から、一段高くなった所(長さ23m、幅10m)が櫓台跡で、どうやらここが山頂部のようだ。

櫓台へ上がる道space.jpg櫓台跡
左/櫓台に登る道  右/櫓台跡
本丸から一段高くなったところが櫓台。

櫓台跡からは、本丸跡、二の丸跡などがよく見える。

ここにどんな櫓が建っていたのか、想像して一人楽しんでいたのだが、雨がだんだんと強くなってきて洒落にならなくなってきた。

櫓台からの眺め
櫓台からの眺め
本丸跡、二の丸跡がよく見える。ここにはどんな櫓が建っていたのだろうか。仮設づくりの井楼櫓なのか、それとも江戸時代にかけての城なので、土蔵造りの立派な建物だったのか?

もともとヒガンバナを見に行ったついでに寄っただけなので、雨具はおろか、山歩き用の装備は何一つ持っていない。

折角ここまで登ってきたのにとても残念だけど、早く降りなくちゃね・・・



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プロフィール

しんどいわ太郎

Author:しんどいわ太郎
いつの間にか、1年遅れになっちゃった・・・
別のブログを立ち上げる予定ですが、ここには季節ネタをちょくちょくあげて残しておくつもりです。
新しいブログにデータを移すのはめんどくさいからね・・・

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