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三江線とイズモコバイモ  ⑤

三江線の旅 ②


13時43分、再び石見川本駅から三江線に乗り、終点の江津駅の一つ手前の江津本町駅へと向かった。

江津本町駅へは約30キロ、1時間ほどの旅である。
石見川本駅ホーム
石見川本駅ホーム
石見川本駅の神楽愛称駅名は「八幡」。八幡の神 八幡麻呂(やはたまろ)が第六天悪魔王という鬼を弓矢の威徳で退治するという話で、弓ヶ峯八幡宮の宮司三浦重賢が1804年に書いた台本が最古のものだそうだ。

江津本町は、江戸時代には天領となり、北前船の寄港地にもなっていて、日本海と江の川の水運の要所として栄えた町だ。
 
江戸時代にはここに入れず、浜田で入港待ちをする船がいたというほど賑わった港だったというので、大きな駅舎と駅前に広がる街並みを想像していたのだが・・・・・

江津本町駅 駅舎space.jpg江津本町駅ホーム
左/江津本町駅駅舎    右/江津本町ホーム
名前に「本町」とつくからには、江津駅よりも大きな駅を想像していたのだが、駅は少しこじんまりとした感じ。しかも、駅前には街並みどころか、家一軒建っていない・・・・

ちょっと想像していたのと違っていたようだ・・・・

江津本町駅space.jpg江津本町駅前
左/江津本町駅 遠景    右/江津本町駅前の風景
駅の裏はすぐ道路。ちょっと見た目は違和感を覚えるが、道路から駅のホームまでは階段も段差もないバリアフリーになっていて、電車の乗り降りは簡単そうだ。意図してバリアフリーにしたのかどうかは分からないけどね。
右側の写真に写っている通り、線路の脇にはすぐ江の川が流れていて、川の反対側には民家も見える。

まぁ、ローカル線らしくて、味のある駅だからいいんだけどね・・・



江津本町


江津本町駅前の大通り(?)を200mほど歩くと、円覚寺というお寺の前に出るのだが、そこを右に曲がると江津本町の古くからの町並みを見ることができる。
円覚寺
円覚寺(えんかくじ)
浄土真宗本願寺派のお寺。鎌倉の円覚寺(えんがくじ)とは関係なさそうだ。このお寺の前を右に曲がらなければいけなかったのを間違って左に曲がってかなりの時間ロス。
地図は忘れないように持ってこなくちゃ駄目だね。

まずは、町の中心部にある山辺神社の参道脇にある旧江津町役場(きゅうごうつちょうやくば)へ。

山辺神社space.jpg旧江津町役場
左/山辺神社   右/旧江津町役場
山辺神社は652年創建といわれる古社。7月に行われる例祭は石見三大祭の一つで、4年に1度川渡神事が行われるという。
旧江津町役場は大正15年(1926年)に建てられた近代洋風建築で、国の登録有形文化財に指定されている。中央と左右に柱型、頂部にパラペット、縦長の窓や幾何学的な装飾が施され、左右対称で垂直性を強調した外観となっている。


既に書いたように、江津本町は江の川水運と日本海海運の要所で、交易で財を成した商人たちの建てた蔵屋敷が軒を並べていたという豊かな町であった。

石州瓦の赤い屋根が特徴的な古い町並みは今でも当時の面影を残しており、町の人が甍街道(いらかかいどう)と名付けて、観光のために整備をすすめているようだ。

甍街道マップspace.jpg甍街道と書かれたはんど(水甕)
左/甍街道マップ    右/天領江津本町甍街道と書かれたはんど(水甕)
旧江津町役場にあった観光マップ。地図を忘れた私には大変ありがたかった。江津本町駅にも置いていただけると助かるんだけどなぁ。
甍(いらか)というのは「夢」と「瓦」の2字に想いを託して名付けたものらしい(瓦は石州瓦が特徴だから)。
江津本町には石見焼きの登り窯跡も残っている。高温で焼かれたはんどと呼ばれる大型の水甕は、耐水性が高く、全国に出荷されたという。


県道112号線沿いにある藤田家住宅を少し眺めた後、本町川という小川沿いに建ち並ぶ古い町並みを見るために、県道から一つ中に入った道を歩いてみる。

ここには、たたら製鉄と廻船業で財を成したという横田家住宅(沖田屋)や、この地の庄屋で造り酒屋も営んでいたという飯田家住宅(釜屋)がある。

藤田家住宅(五島屋)space.jpg横田家住宅(沖田屋)と甍街道の町並み
左/藤田家住宅(五島屋)   右/横田家住宅(沖田屋)
屋根の上にちょこんと出ているのは、煙出し(けむだし)らしい。
藤田家は江戸時代にズク(銑鉄)を扱う回槽業を営んでいたようだ。右の写真の右端に移っているのが横田家住宅(沖田屋)
沖田屋も回槽業、砂鉄採取、たたら等で莫大な財を成したという。
両方ともたたら絡みというのが、石見地方らしいよね。

また、古い和風の家の真ん中に、洋風の屋敷が建っているのが目を引くのだが、これは旧江津郵便局である。

明治20年頃に、神戸の洋館をわざわざ見学しに行って建てたという建物で、この町がいかに裕福な町であったかを物語るものといえるだろう。

旧江津郵便局space.jpg旧江津郵便局
旧江津郵便局
明治20年頃に建てられた旧江津郵便局。神戸の教会を見て建てたといわれる建物で、中にはステンドグラスがはまっており、住民を驚かせたという。

また、本町川という小川沿いに鼻ぐり石というのが並んでいるのだが、これは飯田家などに荷物を運んできた牛馬をつなぎとめておくためのものだったそうだ。

飯田家住宅(釜屋)space.jpg飯田家住宅横の鼻ぐり石と城構(とがまえ)の石垣
左/飯田家住宅     右/城構の石垣と鼻ぐり石
飯田家住宅は左の写真の左側の橋が架かっている家。この地の庄屋で、造り酒屋も営んでいたという。橋は御影石でできたものだという。
右の写真の小川(本町川)のそばの道路には、鼻ぐり石が写っている。これは、飯田家などに荷を運んできた牛馬をつなぐために使われたものである


江津本町には、古い町並みの他にも、旧山陰道の面影の残る土床坂(つっとこざか)や、石見焼の登り窯の跡、幕末期に長州軍の振武隊 1個大隊が駐留し、3年間もの間本陣を置いた痕跡など、見どころがいくつもあるようだ。

今回は、電車の乗車時間まで1時間ほどしかなく、あまりゆっくりと町を見ることができなかったけど、またいつか見に来ることができたらいいなぁ。



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