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音戸のツツジと御手洗の町 ⑥

御手洗の町⑦(七卿落ち遺跡)


常磐町通りから海沿いの道へと出ると、港町らしい景色を見ることができる。

御手洗港space.jpg港町交流館
左/御手洗港  右/港町交流館
御手洗港には、竹原からの高速船が寄港するみたい。船で来るのも楽しそうだ。 右の写真の港町交流館は船の御手洗港の目の前にあり、船の切符を売っているみたい。御手洗には、大正、昭和初期に建てられた洋館風の建物も多い。

恵比寿神社の鳥居space.jpg少し離れた所から見た御手洗港
左/恵比寿神社の鳥居  右/恵比寿神社鳥居の近くから見た御手洗港
恵比寿神社の鳥居と本殿・拝殿の間には道路が造られたため、鳥居だけが海に突き出したような感じになっている。


そんな海沿いの道の道沿いに「七卿落ち遺跡」という遺跡がある。

「遺跡」といっても建物跡ではなく、豪商多田家(屋号:竹原屋)の屋敷だった建物であり、建物はしっかりと残っている。

七卿落ち遺跡
七卿落ち遺跡
1863年(文久3年)、尊王攘夷派の公家が攘夷を実現させるために天皇の大和行幸を計画したが、薩摩藩、会津藩などの公武合体派の説得を受けた孝明天皇から、禁足処分(外出禁止処分)とされた(8月18日の政変)。
尊王攘夷派の公家7名(三条 実美(さねとみ)(27歳)、三条西 季知(さんじょうにし すえとも)(53柴)、四条 隆謌(たかうた)(36歳)、東久世 通禧(ひがしぐぜ みちとみ)(31歳)、壬生 基修(みぶ もとおさ)(29歳)、錦小路 頼徳(よりのり)(27歳)、澤 宣嘉(のぶよし)(28歳))は、長州藩兵2000に警護されて京都を脱出。兵庫から海路で長州を目指した。
これが、七卿落ち事件である。

幕末の頃、「8月18日の政変」で失脚した尊王攘夷派の公家が京都を追われ、長州に落ち延びる際、立ち寄ったことから「七卿落ち遺跡」といわれているらしい。

七卿落ち遺跡space.jpg七卿落ち遺跡玄関の花頭窓
七卿落ち遺跡
アニメ「たまゆら」で麻音という少女の実家「のどか亭」のモデルになっている。左の写真の車輪や右の写真の玄関の花頭窓に見覚えのある人はいるはずだ。

今回、初めて内部に入らせてもらったのだが、豪商の屋敷だったという割にはそんなに広くもなく、意外と普通の造り。

七卿落ち遺跡内部
七卿落ち遺跡内部
呉市のホームページによると、8月18日の政変の翌年、京都の状況が好転したために上京を図ったものの、途中で長州藩が蛤御門(はまぐりごもん)の変に敗れたことを聞いてやむを得ず長州にひきかえすことにし、途中で御手洗に寄ってここ多田家の屋敷に一泊したという。8月18日の政変の後、長州に落ち延びる途中にここに立ち寄ったと書いてあるウェブサイトもあるのだが、どちらが正しいのかよく分からない。いつか調べてみようとは思っているのだが・・・・
呉市のホームページどおりだと、途中で病没した錦小路 頼徳と、生野の変の後、伊予に脱出した澤 宣嘉を除く5名がここに滞在したことになる。

海の見える縁側に座って、彼らがここで何を話し合っていたのか、どういう気持ちでいたのかを想像してみるのは結構楽しい。

七卿落ち遺跡縁側space.jpg七卿落ち遺跡縁側
七卿落ち遺跡縁側
左の写真は、中から外を見た写真。彼らにゆっくりと海を眺める余裕があったかどうかは謎だ。


御手洗の町⑧(歴史の見える丘公園展望台)


最後に、歴史の見える丘公園に登り、展望台から町を眺めることにした。

歴史の見える丘公園展望台
歴史の見える丘公園展望台
本当は歩いて登りたかったのだが、姪っ子が歩くのは嫌だと言って腕にしがみついてくるので、仕方なく車で登る。しんどい思いをして歩いた後の景色が最高なんだけど、分かってもらえないのかなぁ。

展望台からは、今まで歩いて見て来た歴史のある建造物や、静かな瀬戸内の海を眺めることができる。

歴史の見える丘公園からの眺望
歴史の見える丘公園展望台からの眺望
上から見ても、本当に静かな海だ。
昔、ここに北前船などの大型船をはじめとする多くの船が訪れ、港を埋め尽くすほどの船が停泊していたなんてとてもじゃないが信じられない。

ここが沢山の船が行きかう交通の要衝であり、交通の要衝であったがゆえに幕末には維新の動乱に巻き込まれ、坂本龍馬をはじめとする維新の志士たちが行き来していたなんて、本当に信じられない。

ほんの150年の間のことなのに、歴史の変遷なんて人間には想像もつかないもんだねぇ。

ガラス屋根の四阿
ガラス屋根の四阿
展望台から階段を降りたところにあるガラス屋根の四阿。
ここからは、四国の今治市や来島海峡大橋がよく見える。

展望台から階段を少し下に降りると、ガラス屋根の四阿があって、しまなみ海道の来島海峡大橋がよく見えた。

昔の人はこんな所に橋が架かるなんて思っても見なかっただろうね。

今から150年後は、どんな世の中になっているのかな?


ガラス屋根の四阿からの眺望
ガラス屋根の四阿からの眺望
左に見える半島のようなのが岡村島(今治市)の観音崎。
将来を悲観して身投げした遊女の遺体が観音埼にはよく流れ着いたらしいが・・・個人の幸・不幸なんて関係なく、時は流れていく。
まるで何事もなかったかのように・・・


★★★★★Data★★★★★★★★★★

1.お出かけした日: 2016年5月1日(日)
2.しんどいわポイント(しんどさを表わします):★★☆☆☆
3.目的地までの所要時間:170分(78km)(御手洗まで)
4.走行距離:152Km(自家用車) +9,448歩( 徒歩6.8Km)
5.消費エネルギー:ガソリン7.6ℓ(ガソリンはリッター20Kmで計算)+223.2Kcal(脂肪燃焼量31.8g)
6.地図はこちら



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しんどいわ太郎

Author:しんどいわ太郎
いつの間にか、1年遅れになっちゃった・・・
別のブログを立ち上げる予定ですが、ここには季節ネタをちょくちょくあげて残しておくつもりです。
新しいブログにデータを移すのはめんどくさいからね・・・

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