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鞆の浦④

太田家住宅

太田家住宅は常夜燈のすぐ近くにある。

太田家住宅
太田家住宅

太田家住宅は、もともと鞆の浦名物の保命酒(ほうめいしゅ)を考案し、江戸時代に福山藩から専売権を与えられていた中村家の住宅であったものを、廻船業を営んでいた太田家が引き継いだものである。

保命酒
お土産に買った保命酒。16種類の漢方薬を使って醸造した薬酒。養命酒と似た感じ。

入館料は400円と少し高めで、中は写真NGなのだが、中に入ると上品そうな奥さんが丁寧にガイドをしてくれる。

外からは分かりにくいが、中には沢山の蔵と茶室をはじめとする多くの部屋、情緒のある中庭があり、驚くほど広い。
江戸時代には、長州藩をはじめとする西国大名の参勤交代の宿所としても使われていたという。

この太田家住宅(旧中村屋)は、御手洗の七卿落遺跡と同様、三条実美らが宿泊した場所として鞆七卿落遺跡と呼ばれ、広島県の史跡に指定されている。

七卿落遺跡の案内板
七卿落遺跡の看板 三条実美は中村屋で保命酒を飲み、保命酒を讃える歌を詠んでいる。「世にならす 鞆の湊の竹の葉を かくて嘗むるも めずらしの世や」(竹の葉というのが保命酒のこと)

御手洗のところでも書いたが、七卿落ちとは、1863(文久3)年8月18日の政変で公武合体派により失脚させられた尊王攘夷派の公卿のうち、三条実美など七卿が長州に落ち延びた事件である。

太田家に立ち寄ったのは、その翌年、京都の状況が好転したとして上京を図る途中、1864年の7月18日から20日のことであったという。

その後、多度津まで進んだ一行は長州藩が蛤御門(はまぐりごもん)の変に敗れたことを聞いて再び長州にひきかえしていったのである。

一行がくつろいだという大広間は今もその当時のまま残っているが、中は白壁から反射された光でとても明るく、高い土塀に囲まれているとは思えないほど風の通りがよくてとても居心地のいい場所だった。

写真が撮れなかったのと、ゆっくり座ってくつろげないのが残念だったけど・・・


いろは丸展示館

いろは丸展示館は、常夜燈の傍にある、江戸時代に建てられた蔵を利用して作られた博物館。

いろは丸展示館
いろは丸展示館。地元では「大蔵」と呼ばれる江戸時代の蔵を利用して作られている。建物自体が登録文化財!写真撮影OKなのも嬉しい。

ここでは、1867年(慶応3年)4月23日深夜に紀州藩の軍艦 明光丸に衝突され、鞆の浦に向けて曳航される途中で鞆の浦の沖合い 宇治島付近に沈んだ 蒸気帆船 いろは丸に関する資料が展示されている。

いろは丸の模型space.jpg回収された品々
沈没したいろは丸の模型と回収された品。いろは丸は大洲藩(現在の愛媛県の一部)の所有で、海援隊が1航海15日、500両で借りたそうだ。

明光丸は887トン、幅9.1m、全長76.4mの紀州藩の軍艦で、対するいろは丸は160トン、幅5.5m、全長54.5mの船。大洲藩の所有で、坂本龍馬率いる海援隊が借り受け、長崎から銃火器や金塊を大阪に向けて輸送中に事故にあったという。

いろは丸には坂本龍馬をはじめとする海援隊の隊士らが乗っていたが、全員救助され鞆の浦に上陸。龍馬は枡屋清右衛門宅に宿泊し、魚屋萬蔵宅や対潮楼などで紀州藩側と談判したがまとまらず、長崎に向けて出向した明光丸を追って長崎に行き、徳川御三家のひとつ紀州藩と争った。

旧魚屋萬蔵宅
旧魚屋萬蔵宅 現在は宮崎駿監督がデザインしたという「御舟宿いろは」というお店になっている。

衝突の原因や責任については、現在でも諸説あるが、衝突時に明光丸の甲板に士官がいなかったこと、明光丸が二度にわたっていろは丸に衝突し、沈没の原因をつくったことなどから紀州藩が過失を認め、多額の賠償金(支払われたのは7万両 現在の価値で30~40億円くらい)が支払われたという。

館内には、いろは丸事件の事故の経緯や、坂本龍馬らの事故後の交渉などの資料の他、水中調査をしたときの映像やジオラマの展示がある。

いろは丸水中調査時のジオラマ
水中調査時のジオラマ 龍馬が載せていたと主張していた鉄砲や金塊は見つかっていない。龍馬のはったりだったのかな?

二階には龍馬が宿泊したという枡屋清右衛門宅の隠し部屋の再現モデルまである。

龍馬が泊まったという隠し部屋の再現モデル
龍馬が泊まったという隠し部屋の再現モデル 暗殺を恐れた龍馬は隠し部屋に泊まっていたという。紀州藩という大きな藩を相手に暗殺の危険も顧みず一歩もひかなかった龍馬はやはりすごいと思う。ちなみに、この事件の半年後に龍馬は京都の近江屋で暗殺されている。

館内には、坂本龍馬といろは丸に関する資料が、漫画やイラストも交えて非常に分かりやすく展示してある。龍馬ファンでなくてもおすすめの施設だ。


枡屋清右衛門宅

坂本龍馬は、鞆の町には一週間足らずしかいなかったが、鞆の浦でも坂本龍馬の人気は高いらしい。

公園にはいろは丸の遊具があり、仙酔島への渡船として平成いろは丸というのが活躍している。

いろは丸の遊具space.jpg平成いろは丸
左/いろは丸の遊具 右/平成いろは丸 渡船乗り場では雁木が活躍している・・・

私は別に龍馬ファンではないのだが、坂本龍馬が泊まったという枡屋清右衛門宅は楽しみにしていた。

なぜかというと、私は隠し部屋とか、どんでん返しとか、そういうのが大好きだからだ。

枡屋清右衛門宅は対潮楼のすぐ北側にある。

旧枡屋清右衛門宅
旧枡屋清右衛門宅 廻船問屋を営んでいた商家。大洲藩とつながりが深かったそうだ。当時は海に面しており、紀州藩の攻撃時、海から脱出できるようにという配慮で宿舎に選ばれたようだ。

中に入ると商家らしく、広い土間と番頭さんが座っていたのだろうと思われる小部屋がある。

旧枡屋清右衛門宅
土間に面した小部屋。龍馬に関する資料が展示してある。

そこから窓のない小部屋(廊下?)を歩いていくと火鉢や箪笥の置いてある小部屋があり、そこにはしごがかかっていた。

旧枡屋清右衛門宅space.jpg旧枡屋清右衛門宅
左/窓のない小部屋(廊下?)ここにも龍馬に関する資料が展示されている。  右/隠し部屋につながるはしごのある部屋。写真右側がそのはしご。左に少し見えるのは観光客用につけられた階段。

はしごの先を見ると、天井板が上に跳ね上げられる仕組みになっているのがよく分かる。

隠し部屋につながるはしご
隠し部屋につながるはしご。昔の商家には、秘密の商談をするために隠し部屋が作ってあったらしい。天井板を元に戻してはしごを取ると隠し部屋があることにはまず気づかない。

上に登ると、さらに階段があり、階段を登ったところに隠し部屋へつながる下りの階段が作られている。

はしごを登ったところにある上りの階段space.jpg隠し部屋space.jpg隠し部屋の手前
左/はしごを登った所にある上りの階段 中/いったん登った所から左に下ると隠し部屋へ行ける 右/はしごを上ったところから右は行き止まり。屏風が飾ってある。 階段を登ったり降りたりするところなんて雰囲気たっぷりだ・・・

隠し部屋は窓があり、なかなか居心地がいい感じだ。文机には、龍馬が京都の寺田屋の女将 お登勢にあてた手紙が展示してある。

隠し部屋space.jpgお登勢に宛てた手紙
左/隠し部屋 居心地よさそう。ここにひきこもれたらどんなに幸せだろう・・・ 右/お登勢にあてた手紙 いろは丸事件により、京都に行けなくなった事を告げたもの。龍馬は才谷梅太郎の名を使っている。

隠し部屋から再び下に降りると、きれいな中庭と座敷があり、座敷には坂本龍馬や江戸時代の鞆の町に関する資料が展示してあった。

きれいに復元された中庭space.jpg床の間のある広い部屋
左/きれいな中庭  右/床の間のある広い部屋。海援隊士たちは、ここに泊まったのかな?

あまり大きな建物ではないが、昔の商家の暮らしぶりがよく分かる建物だ。

特に隠し部屋は龍馬や商人の密談の様子まで想像させてくれる。本当に貴重な文化遺産だと思う。



鞆の浦の町をほぼ一周したが、思っていたよりずっと小さな町だった。

開発の波から取り残された感のあるこの町が、昔は港として栄え、大伴旅人、足利尊氏や坂本龍馬、毛利輝元、山中鹿介など多くの歴史上の人物が訪れたというのはほんとうに想像もできない・・・・(山中鹿介は首だけだけど・・・)

しかし、近年は古い町並みが評価され、映画や時代劇、アニメの舞台としても鞆の浦の町が登場しているようだ。

圓福寺
圓福寺 大可島城跡に建つ。いろは丸事件では紀州藩の宿舎とされた。この近くの一軒家を借りて宮崎駿監督は「崖の上のポニョ」の構想を練ったという。「崖の上のポニョ」には、鞆の浦らしい景色が沢山出てくるらしい。

この町の港には橋をかける計画があり、この町が今後どう変わっていくかは分からないが、歴史的な遺産は大切に守って欲しいと思う。



★★★★★Data★★★★★★★★★★

1.お出かけした日: 2014年6月15日(日)
2.しんどいわポイント(しんどさを表わします):★★★★☆(歩きすぎた・・・)
3.目的地までの所要時間:2時間
4.走行距離:210Km +20520歩( 徒歩14.8Km)
5.消費エネルギー:ガソリン10.5ℓ+ 548.7Kcal (ガソリンはリッター20Kmで計算)
6.地図はこちら
7.行きは高屋ICから福山西ICまで高速利用。帰りは下道のみ(2時間30分かかった)





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プロフィール

しんどいわ太郎

Author:しんどいわ太郎
いつの間にか、1年遅れになっちゃった・・・
別のブログを立ち上げる予定ですが、ここには季節ネタをちょくちょくあげて残しておくつもりです。
新しいブログにデータを移すのはめんどくさいからね・・・

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