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宮島 ② ~神の島~

厳島神社②

長い廻廊を通って本社 拝殿へ。廻廊の途中には鏡の池という池がある。池と言っても水が張られているわけではなく、満潮になると海の水が入って池になる仕組みである。

ちょっとした中庭のようなものなのだが、そこには卒塔婆石と康頼燈籠というのがある。これは、1177年(安元3年)、鹿ケ谷の陰謀で平家打倒の密儀を行って拘束され、薩摩の国 鬼界ヶ島(きかいがしま)に流された平康頼(たいらのやすより)にゆかりのあるものだそうだ。

鏡の池と卒塔婆石
鬼界ヶ島は、今の硫黄島か喜界島ではないかといわれており、そこから卒塔婆を流して厳島神社に流れ着くことは考えにくいのだが・・・

流刑先で京都の母親を偲んで歌を書いた卒塔婆を流したのだが、そのうちの一本がここに流れ着き、それに心を打たれた平清盛が罪を許して帰京を許したという。

康頼燈籠
康頼燈籠 罪を赦された平康頼は、神に感謝してこの燈籠を寄進したという。

平清盛が造営した神社に平家打倒を図った平康頼にゆかりのあるものがあるのも不思議な感じだが、平清盛の寛大さや偉大さをアピールしたかったのかもしれない。


本殿と平舞台、高舞台
本殿と平舞台、高舞台

そこから少し歩くと本社の拝殿に到着するのだが、拝殿の前には平舞台という広い板敷の広間があり、とても開放感のある作りになっている。

平舞台は寝殿造りでは庭にあたる部分らしく、海に突き出た火焼前(ひたさき)という部分の両脇には門客神社(かどまろうどじんじゃ)という神社があり、御門の神様が祀られている。

火焼前(ひたさき)と門客神社
火焼前(ひたさき)と門客神社 海に突き出したところが火焼前(ひたさき) 管弦際の出御、還御はここから行われる。もともとは、海から鳥居の下をくぐってお詣りしていたというのだから、ここが神社の門にあたるのかもしれない。

また、平舞台には高舞台という一段高くなったところがあるが、これは平清盛が大阪 四天王寺から移したという舞楽が演じられるところで、結婚式や祭りの時には舞楽が演じられている。

高舞台
高舞台 舞楽が演じられる。

平家一門の氏神とされた厳島神社だが、平氏が滅んだ後も時の権力者や大名から崇拝され、守られてきた。
本社 拝殿から出口までの間にある能舞台や反橋(そりばし)は毛利氏によって造られたものだそうだ。

厳島神社 能舞台space.jpg反橋(そりばし)
左/能舞台  右/反橋(そりばし) 毛利氏によって再建されたという。天皇からの勅使のみが通ることを赦されたらしく、我々庶民は通れない。登るときはいいけど、下るときにひっくりかえりそうだから別にいいけどね。

西の松原、清盛神社

厳島神社の出口を出て、神社西側の松原を通って神社と鳥居を眺めてみる。

西の松原から見た厳島神社
西の松原から見た厳島神社 天気が良ければ、空や海がきれいに見えるんだけど・・・

ほとんどの観光客は厳島神社から民俗資料館や五重塔へと行ってしまい、西の松原を歩く人は多くはないのだが、天気がいい日はここから見える厳島神社や大鳥居の眺めは非常に良いので、宮島に来たらちょっと足を延ばしてみるのもいいかも・・・

天気の良い日の大鳥居
天気の良い日の大鳥居 3年前の写真

清盛神社もあるしねっ!

清盛神社
清盛神社 昭和29年に平清盛の遺徳を偲んで建てられた。大河ドラマ 平清盛放映時はちょっと話題になったんだけど、今は・・・





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いつの間にか、1年遅れになっちゃった・・・
別のブログを立ち上げる予定ですが、ここには季節ネタをちょくちょくあげて残しておくつもりです。
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